――日本には起業家が足りないとおっしゃっていますが、なぜ今の日本に起業家が必要だとお考えなのでしょうか。

そもそもスタートアップは未来の富を生み出すエンジンだと考えています。社会では時代が変わるごとにさまざまな課題が生まれます。例えば、ここ数年DXの必要性が叫ばれていますが、これは現場の労働生産性を改善しなければならないという企業の差し迫った事情から生まれたものといえます。このように世の中の課題はどんどん更新されていきます。大企業に比べて、しがらみもなく身軽なスタートアップは、そうした課題解決にビジネスの側面から迅速にアプローチし、社会課題を解決すると同時に、富を生み出していくことができます。そして、ゆくゆくは未来の世代に引き継ぐ新しい産業を創出する。それがスタートアップの役割です。

実際に米国の例を見ますと、現在、米国の株式市場に上場している全企業のうち、過去50年以内に設立された企業が社数で50%、企業価値でいえば75%、R&D投資では92%も占めています。つまり、スタートアップとして生まれた企業が、高じて米国社会に非常に強い影響を与えているのです。

――日本に比べるとスタートアップが社会に大きな影響を及ぼしている。日本の未来のためにも、スタートアップがもっと必要だということですね。

今、停滞傾向にある“株式会社日本”という事業を再生するために、スタートアップはその切り札になると考えています。これには2つの意味があり、1つはスタートアップ自体が大きな産業を生み出すこと、そして、もう1つはスタートアップが成長し、既存の大企業にプレッシャーを与えることで、大企業の変化を促しうるということです。

――昔と比べ、今は大企業出身者や大学院でAIなどを学んだ若者たちが起業家になるケースが目立っていますが、それでも起業家は足りないと。

私は海外と比べて、日本には圧倒的に起業家になる人が少ないと思っています。米国だけでなく、世界各国で起業する人たちが増えている中、日本も確かに10年前と比べれば増えたのかもしれませんが、世界的な視点から見れば、やはり圧倒的に少ないのです。

――なぜ日本では起業家になりたい人が少ないのでしょうか?

私はスタートアップを育成していくためのエコシステムが日本では未確立だと考えていますが、その根本的な原因は、個々人の「アニマルスピリッツ」が欠けているからだと見ています。アニマルスピリッツとは、何か自分で事業を起こしてみようとする野心的な精神のことです。加えて、人と違うことをもって尊しとする価値観、そしてリスクに対する正しい理解がなければ、自分でリスクを取って事業を起こそうという人はなかなか出てきません。

日本では今も、いい大学から大企業へ就職するという価値観が大勢を占めています。しかし、そんな価値観が支配的な社会からはなかなか起業家は輩出されません。皆と違うことをしてみよう。合理的に考えて上手にリスクを取ってみよう。そんな発想のアニマルスピリッツを育むことが根本的に重要です。

――朝倉さんも大勢の人とは異なる経歴を歩んできました。

私は中学卒業後、騎手になりたいと思い、普通の高校には行かず、オーストラリアの競馬騎手養成学校に入学しました。周りの同級生からは「なぜ高校に行かないの?」と言われましたが、私からすれば「なぜ高校に行かなければならないの?」という受け止め方でした。高校に行くにしても自分なりの理由があって然るべきじゃないかと。進路というのは、高校を出て、その先何がしたいのか。その思い、気持ち、考えがあったうえで、能動的に選ぶものだと私は考えていたのです。

しかし、多くの人たちは高校に行くことが所与の条件だと思っている。私にはそれが自分にとってよい選択肢とは思えませんでした。一度立ち止まって、自分で考えてみることが必要だと思ったのです。

幼いころの写真と、騎手を志していた時の写真
(写真:朝倉氏提供)

――私たちから見れば、非常に勇気のある決断だと思います。朝倉さん自身は、なぜ人と違うことを選択できたのでしょうか。

父が自営業をしていたこともあり、そこから影響を受けているのかもしれません。父の口癖は「頭を使って」や、「自分はどうしたいと思うのか?」でした。父から何か注意されるときは言葉の端々に「自分の頭で考えろ」というメッセージが込められていたと思います。父は人と違うほうが面白い、自分で苦労してお金を稼ぐことをよしとする考えの持ち主でした。

――お父さんの影響も大きかったのですね。先ほど触れられた「リスクを取る」という考え方については、いかがでしょうか。

日本では、リスクについて非常に否定的で危ないもののように考えますが、本来リスクとは行動や決断したときの結果の良しあしの振れ幅のことを指します。つまり、結果がいいにせよ悪いにせよ、リスクを取らなければリターンも何も得られないのです。

また、日本では失敗に対する拒否感は根強いものがあります。しかし、本来リスクは、低減する方法がいくらでもあるのです。今成功している起業家たちも、最初から成功したわけではない。何度も失敗をして、経験からリスクを低減する方法を学んでいます。日本の教育では、人と違うことは否定されるし、あらかじめ存在する正解に、いかにしてミスなく効率的にたどり着くかを求められる。加えて、自分で考えるのではなく、先生が言ったことを守るように言い聞かされる。こんな価値観を幼い頃から刷り込まれて、大人になってから「クリエーティブに自分で考えて実践しろ」と言われても、できるはずがありません。リスクというものは、失敗したときの挽回策が想定できていれば、それほど恐れるものではありません。

例えば、競馬騎手養成学校に入るときも、親からは「高校を卒業してから行けばいい」と言われました。しかし、騎手は目指してもなれない可能性も高い。もし失敗したときにどうするのか。そのとき考えたのは、高校を卒業してからよりも、中学を卒業してすぐに行ったほうが進路変更がしやすいという点で、リスクを低減できるのではないかということでした。当時から大学を受験するには相当の勉強が必要だと理解していました。仮に高校卒業後に騎手を目指して失敗したら、そこから大学に入り直すのは難しい。けれども中学を卒業してすぐに目指せば、失敗しても高校生活に該当する3年間を勉強に充てれば大学進学も難しくない。早めに始めたほうが、失敗したときの選択肢も広がると考えたのです。

――朝倉さんは起業家を増やすために、どのような起業家教育が必要だとお考えですか。

例えば学校教育の科目に起業家教育を入れたとしても、あまり効果はないと思っています。日本で起業家教育を導入しようという機運が高まっていますが、知識レベルの話を科目として導入したとしても、付け焼き刃に終止することでしょう。それよりも私はもっと本質的な教育の抜本的な改革が必要だと思っています。それは教科や知識の話ではなく、思想や行動指針というべきものです。

日本の公教育については海外と比べて優れた点も多いと思っています。しかし、工業社会に非常に効果を発揮した教育方針だったがゆえに、時代が変わったにもかかわらず、今もなかなか変わることができず、さまざまな矛盾が露呈しているのだと見受けられます。時代の変化に対応し、新たな教育を進めていくには、その基本となる部分、思想や行動指針、PCに例えるなら、OSの部分を変えていく必要があると考えています。ここを変えずして起業家教育のような新たな科目を導入するということは、言うなれば古いOSに最先端のアプリを搭載しようとしているようなもので、機能不全を起こすとしか思えません。

――公教育のOSを新たなバージョンに進化させるには、どうすればいいのですか。

それこそ、根本的な考え方から変える、つまり「失敗を奨励」したり、「人と違うことを全面肯定」したりするべきでしょう。公教育ですぐにドラスティックな変化が起こせないなら、家庭内のコミュニケーションから変えていくのもよいのではないでしょうか。日常生活の中で、子どもに「自分はどう考えるのか、どうしたいのか」を問うてみる。それで失敗してもいい。そこから学べばいいのです。そして、大人から正解を押し付けないことです。そもそも変化の激しい時代に大人が的確な答えを持っているわけではない。だからこそ、子どもたちが自ら考えて、自ら失敗することが大切なのです。

――朝倉さんが先生なら具体的にどうしますか?

「北風と太陽」の寓話(ぐうわ)の太陽のように、生徒が自ら動きたくなるような環境や機会をつくっていくことが欠かせないと考えています。また、「人と違う」ことを肯定するために、自分自身がマイノリティーとなる経験をすることも必要だと思います。日本で暮らす日本人は、自分がマジョリティー集団である環境で生きている人が多い。自身がマイノリティーに置かれた経験がなければ、マイノリティーの立場に置かれた人の視点を持つのは難しいのです。海外留学は、マイノリティーを体験するという点においても、とてもいいですね。気づくことがたくさんあるはずです。私たちはよく「普通はこうだ」という表現を耳にすることがありますが、すべては相対的なもので、普通って何だろう、そもそも「普通」なんてものは存在するのだろうか、と思います。

――他国と比較すると、同質性の高い日本という国において、勇気を持って人と違う選択をするためには、どうすればいいのでしょうか。

同質性の高い社会で人と違うことをするには、周りに何を言われても、貫き通す強い意思や、ストレス耐性が求められます。だからこそ、私は孤独に強くなることが非常に重要になってくると考えています。

起業家的な生き方はもしかしたら、極端な例かもしれません。しかし、起業家的な考え方がなければ、次の時代を切り開いていくことはできません。とくに将来を見通せない時代に、子どもたちが自分らしく生き残っていくには、人と違うことをする、リスクを取る、そして何事も自分でまず考えてみること。それが何よりも大事だと私は思っているのです。

朝倉 祐介(あさくら・ゆうすけ)
シニフィアン共同代表。兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニー入社を経て、大学在学中に設立したネイキッドテクノロジー代表に就任。ミクシィ代表取締役社長兼CEOに就任し、業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員などを経て、シニフィアンを創業。同社では、Post-IPO/Pre-IPO双方のスタートアップを対象とする経営支援事業、並びにIPO後の継続成長を目指すスタートアップを対象とした産業金融事業を通じて、スタートアップに対するリスクマネー・経営知見の提供に従事。主な著書に『論語と算盤と私』『ファイナンス思考』(ともにダイヤモンド社)。2020年11月まで政策研究大学院大学客員研究員を務める。セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー
(写真:朝倉氏提供)

(文:國貞文隆、注記のない写真:Sushiman / Getty Images Plus)