沿線住民にとっては寝耳に水ともいえる平成筑豊鉄道の廃止決定を受けて、沿線の行橋市出身で青山学院大学大学院2年の横山敦一さんは、沿線住民の有志と6月に「平成筑豊鉄道を考える会」を結成。県に対して複数回、公文書開示請求を行ったところ、開示された資料はほとんどが黒塗りの状態で、さらに県からは議事録について「作成も取得もしておらず、存在していない」と回答されたという。
こうしたことから、「考える会」は7月4日に平成筑豊鉄道に関する議論過程の再検証と住民説明を求める署名活動を開始。8月31日までに2万2000筆を超える署名を集め、沿線住民の関心の高さが明らかになった。オンライン署名は現在も続けられており、11月10日に福岡県に手渡される。
平成筑豊鉄道はどのような鉄道か
平成筑豊鉄道は、旧国鉄の特定地方交通線だった伊田線、糸田線、田川線の3路線を国鉄分割民営化後となる1989年にJR九州から第三セクター鉄道に転換して誕生した。福岡県の筑豊地区の中心都市である直方市と田川市、さらに行橋市を結び、3路線の総延長は49.6kmに及ぶ。
廃止対象となる鉄道路線と言えば、1日に数本しか列車が走らないような閑散線区をイメージする方も多いのではないかと思うが、平成筑豊鉄道はそうしたローカル線とは性格が異なる路線である。特に、直方駅(直方市)と田川伊田駅(田川市)を結ぶ伊田線の直方―金田間では、糸田線の列車も乗り入れていることから日中でも30分間隔での列車の運行が行われており、都市型ダイヤで列車が運行されていることが大きな特徴となっている。糸田線は、金田駅(田川郡福智町)と田川後藤寺駅(田川市)を結んでいる。
そんな平成筑豊鉄道は、第三セクター鉄道への転換後には、列車の運行本数と駅数を国鉄時代の2倍に増やすなど積極的な投資を行い、利用者が大きく増加した。その結果、沿線でバス路線網を展開していた西鉄バスの利用者が大幅に減少し、バス路線の方が廃止に追い込まれている。

