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藤井酒造6代目の藤井義大(のりひろ)さんは、緊張に震えながら酒を口にした。これはよい、これはだめだ。ひとつずつ味わって判断する。蔵の中から採取した238株の酵母は、最後の官能試験を経て2株に絞られた。藤井酒造の「蔵付き酵母」を単離した瞬間だったーー。
藤井酒造は1863年(文久3年)創業、広島県竹原市の酒蔵だ。主力銘柄「龍勢(りゅうせい)」は1907年(明治40年)の第一回全国清酒品評会で優等一位に選ばれた。
年間製造量は600石、直近の売り上げは約2億円と、業界では小さな蔵に入る。6代目の義大さんは2023年、すべての酒を明治からの「生酛(きもと)造り」に切り替えた。天然の乳酸菌を使った、仕込みの手間が倍かかる製法をあえて選んだ経緯は、前編で述べた通りだ。
後編では、二度の浸水とコロナ禍を挟んで、義大さんがなぜ「蔵付き酵母」にたどり着いたのかを追う。
1.5万本廃棄が突きつけた、酒蔵経営のリスク
義大さんが家業に入ってからも、藤井酒造には幾度も危機が訪れた。
2018年7月、西日本豪雨が竹原市に大雨をもたらした。6日から7日にかけて水位が上昇し、藤井酒造の蔵には大量の泥水が流れ込んだ。
酒蔵にとって、災害の被害は設備や在庫の損失だけでは終わらない。数年間酒を造れなければ、その銘柄は酒販店の棚や飲食店のメニューから消える。一度消えた棚を取り戻すのは難しい。銘柄の存続は、流通を止めないことにかかっているのだ。
アメリカ出張を控えて広島市内に滞在していた義大さんは、被害の知らせを受けて予定をキャンセルし、蔵へ戻ろうとした。しかし、交通網が寸断されていたため、竹原に向かうことすらできない。翌朝早く広島を出て蔵に戻るまで、普段ならおよそ1時間の道のりに8時間かかった。
「たまった水が何時間も抜けなかったので、水を吸った土壁が崩れ落ちるなど、大きな被害となりました。水に浸かった5500本の酒は廃棄するしかありませんでした」(義大さん)


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