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「GTO」作者が支えた酒蔵、二度の豪雨浸水で1万5500本を捨てても「消えなかった」理由…6代目は蔵から238の酵母をかき集めた

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2020年に発売した「GTO x RYUSEI THANK!」のラベルには、藤沢とおるさん描きおろしのイラストが使われた (©︎藤沢とおる)
2020年に発売した「GTO x RYUSEI THANK!」のラベルには、藤沢とおるさん描き下ろしのイラストが使われた (©︎藤沢とおる)(写真:筆者撮影)
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11月には、杜氏が交代した。全量生酛にもっとも強く反対していた藤井雅夫さんが退き、理想の酒造りを語り合ってきた岡田唯寛さんが後を継いだ。2024年1月に社長に就任した義大さんとともに、藤井酒造の新しい歴史を編んでいっている。

能登半島地震で被災した蔵の酒を醸す

新体制が動き出したその年明け、蔵の外で大きな災害が起きた。二度の浸水で全国に助けられた藤井酒造が、今度は助ける側に回ることになる。

2024年1月1日に発生した、能登半島地震だ。すぐさま「能登の酒を止めるな」プロジェクトが立ち上がった。全国に呼びかけたのは、石川県の吉田酒造店7代目・吉田泰之さんとcamo株式会社代表・カワナアキさん。

前述の通り、数年間酒を造れなければ銘柄は棚から消える。プロジェクトの名が示しているのは、まさにその危機だった。

以前参加したイベントでつながりがあったカワナさんから義大さんに、電話がかかってきた。「地震の被害で酒を造れなくなっている蔵の酒を委託醸造できるか」と聞かれ「できます」と即答した。すでにその年の醸造計画はできていたため、調整するのは大変だったが、迷わず手を挙げた。

そしてマッチングした蔵が、石川県輪島市の日吉酒造店だ。日吉酒造店の杜氏とともに、石川から送られてきた米と麹、酵母を使って、日吉酒造店のやり方の通りに酒を造った。

「地域から酒がなくなれば、日本酒の文化が失われます。文化を知ってもらい、後世に遺していくために、地域から酒蔵をなくしてはいけない。今回協力できたのは、タンク2本分とわずかです。しかし、日吉さんの酒が絶えることなく流通し、収入にもなれば、酒造りを続けられる。そのために僕たちが少しでも力になれるのなら、それでいいんです。

僕たちも、身の丈を超えることはできません。しかし、今後も何かがあればできることをしたいと思っています」

なぜそう思えるのかとたずねると、義大さんは答えた。

「『先義後利』という言葉があります。先に義を尽くし、後から利を得る、という意味です。もちろん、自分たちが損をする場合もありますが、だからといってすべてが無駄になるわけではありません。利は後から来るものです。僕たちも二度の浸水で助けてもらいましたし、三度目が起きたときにも助けてもらえる存在でありたいんです」

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