2株の蔵付き酵母を単離したのは、酵母を蔵に「放流」するためだ。
たとえば、安全な場所で、ホタルの幼虫をある程度の大きさまで育ててから川に放流すると、成長した幼虫はホタルになり、卵を産む。その卵から幼虫が孵る。これを繰り返せば、川のホタルは少しずつ増えていく。
義大さんは同じように、純粋培養した酵母を蔵に戻している。協会酵母に押されて蔵付き酵母が減っている蔵の環境を、昔に戻そうとしているのだ。
「今は、酒造りの最初に培養した蔵付き酵母を添加しています。蔵付き酵母が少しずつ増えていけば、人工的な添加をやめる予定です」(義大さん)
昔の酒造りに戻るために、現代の科学を使う。一見すると相反するこの考え方が、160年以上続く酒蔵を支えている。
「この蔵でしか造れない酒」を
大量生産・大量消費の時代が終わりつつある中、「信念を持った酒造りをしている蔵が生き残る」と義大さんは考えている。
米にこだわる蔵は増えているという。ワインのように、米が育った風土も含めて酒の物語とする「テロワール」の考え方だ。
「しかし、土地の個性を酒に映し出すのが『テロワール』なら、米だけでなくその土地と蔵に棲む微生物の生態系も含めて考える必要があると思います。だから蔵付き酵母が重要なんです。この蔵でしか造れない酒を造ることこそが、テロワールではないでしょうか」(義大さん)
龍勢Lab.で試験的に醸した酒の一部は、消費者に頒布されている。一期一会の希少な酒との出会いは、日本酒好きにとって心躍るものだろう。個性を探る旅の物語を熱心なファンと共有しながら、藤井酒造は進んでいるのだ。
2023年、ついに藤井酒造は全量生酛造りを実現した。同年5月、「龍勢 活濁酒-八反35号-」は、広島県で開かれたG7サミットの乾杯酒として提供された。


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