有料会員登録 東洋経済オンラインとは
ビジネス #鉄道最前線

全線復活の日は来るか「肥薩線」列車と駅弁の記憶 「日本三大車窓」国鉄気動車急行からSL人吉まで

8分で読める
肥薩線 大畑駅 キハ58 急行
ループ線とスイッチバックを併せ持つ大畑駅を発車する国鉄時代の肥薩線急行「えびの」(撮影:南正時)

INDEX

【写真を見る】全線復活の日は来るか「肥薩線」列車と駅弁の記憶 「日本三大車窓」国鉄気動車急行からSL人吉まで(51枚)

「西日本でお気に入りのローカル線は?」と聞かれれば、筆者は真っ先に「肥薩線」の名を挙げる。

肥薩線は2020年7月の豪雨で大きな被害を受け、とくに八代―人吉間の球磨川に架かる橋梁は数カ所で流され、今も列車は走っていない。一時はこのまま廃線かともささやかれたが、2033年度ごろの運行再開を目指して復旧に向けた動きが進んでいる。

だが、人吉―吉松間についてはまだ方針が決まっていない。この区間には“日本三大車窓”のひとつ「矢岳越え」やループ線とスイッチバックで有名な大畑駅などがあり、観光要素の色濃い区間だ。この区間こそ筆者が足しげく通った場所であった。

今回は復興への願いも込めて、肥薩線について取り上げたい。

かつては「本線」だったローカル線

肥薩線は鹿児島本線の八代から分岐して球磨川沿いに内陸部を進み、城下町の人吉を経由して険しい峠を越え、隼人で日豊本線に合流する124.2kmのローカル線だ。1909年に全線が開通した。

【写真を見る】球磨川沿いを走る区間、ループ線にスイッチバック、険しい峠越えとさまざまな表情を見せる肥薩線。国鉄時代の蒸気機関車、気動車の急行列車からJR化後の「急行くまがわ」「いさぶろう・しんぺい」「SL人吉」まで、肥薩線を走った列車たち

当時はこの路線が鹿児島までのメインルートである「鹿児島本線」で、後に海岸沿いのルートが開通するまでは九州を縦断する幹線としての役割を果たしていた。新線開通後は鹿児島本線の名を新ルートに譲り、人吉経由の旧ルートは肥薩線に改称。さらに1932年、隼人―鹿児島間が日豊本線に編入され、現在の八代―隼人間となった。

2/6 PAGES
3/6 PAGES
4/6 PAGES
5/6 PAGES
6/6 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ビジネス

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数