神奈川・鵠沼海岸にある、かき氷専門店「埜庵(のあん)」。真冬でも行列ができる名店として知られ、日本のかき氷ブームの火付け役ともいわれる。
だが、店主の石附浩太郎(いしづきこうたろう)さんは言う。行列は、必ずしも繁盛を意味しない――。前編で紹介した通り、多いときで7時間待ちの状況をつくりながら、埜庵は開業から10年、思うように利益が出ていなかった。
行列はできる。それでも、食べていけない。その現実の前で石附さんが選んだのは、「夏になると店のシャッターを下ろす」という、かき氷店としてはかなり異例な選択だった。ブームが訪れ、コロナ禍が襲うなかで、23年続く名店がたどり着いた「現実解」とは。
「かき氷」が二極化した年
石附さんにとって、記憶に残る出来事が2015年に起こった。
当時、台湾で大流行していたかき氷店「アイスモンスター」が日本に初上陸したことだ。表参道の店舗には、オープン日に約500人もの行列ができたことで話題になった。
2011年の東日本大震災の影響で、人々がなるべくエアコンをかけずに涼をとろうとしていた夏。エコな暮らしのひとつの楽しみかたとして、流行りはじめたのがかき氷だった。そこから2~3年で、埜庵のあとに続くような、「かき氷専門店」と名乗る店が一気に増えていた。
それまでは埜庵をはじめ、日本のかき氷店は1杯1000円を超えない程度の価格帯だったが、いきなり台湾からやってきたその店は、1500~1600円で提供した。
従来のかき氷とはまったく別ラインの、パフェのようなかき氷。コロナを機に日本からは完全撤退することになるが、それ以降に登場するかき氷店は、1500~1600円がスタートとなった。「アイスモンスターは値段だけを残していった」と石附さん。今では都内だと3000円以上するかき氷も珍しくない。
「アイスモンスターの登場で、かき氷の世界がそれ以前、以後で変わったと僕は思っています」
価格的な価値観が崩れる出来事ではあったものの、埜庵は、アイスモンスター以降のパフェのようなかき氷ブームを後追いすることはせず、昔ながらの“氷をおいしく食べる、シンプルなかき氷”というスタイルを崩さなかった。

