前回、「堅実な観察に基づくシンプルな議論の力にはかなわない」という一節や、その姿勢で展開される分析を紹介した。本書の端々から、「高度な先端研究ではなくても、誰でも入手可能な統計数字から処方箋を描けることをわかってほしい」という思いを感じ取れる。
例えば、「国家レベルの経済政策の議論については、常識的な観点から政策を評価することができる素養を一人一人の個人が身につけていくべき」だと、市井の人々に向けて記述される。ここでは、「常識的な観点から」というのが要諦だろう。
日本には、海外の経済学者や国際機関の提言が神様のご託宣であるかのように扱われる空気がある。時の政治に重用された国内の経済学者やエコノミストにも、同様の印象を抱くことがある。しかし、「常識的な観点」に権威は要らないはずだ。筆者はかねて日本の政策論壇に漂う「一発逆転の妙手」を求める雰囲気に警鐘を鳴らしてきた。この点については、著者と近い考えを持ち、思いを共有しているのではないかと感じる。
「希望的観測への同調メンタリティー」
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