文字史料が乏しい約150年間
中国王朝の歴史書には、倭国と呼ばれた古代日本について記されている。その最古の記述と考えられるのが、『漢書』地理志(1世紀後半成立)にある紀元前1世紀の記事で、「楽浪海中に倭人がいる。国は100以上に分かれており、定期的に貢物を献上する」とある。
古代日本で王クラスの首長が確認できるのは『漢書』王莽伝で、前漢滅亡後の西暦8年に新(8~23年)を興した王莽に「東夷の王、海を渡って国珍を奉じた」とある。この東夷の王とは北部九州のクニの王と考えられる。
さらに西暦57年には奴国(福岡県福岡市)の使者が、107年には「倭国王・帥升(すいしょう)」の使者が後漢に朝貢している。そして2世紀後半に起きた「倭国乱(倭国大乱)」を経て、クニグニから共立される形で卑弥呼が女王となった。
