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突如として中国の歴史書から倭国の記述が消えた《空白の4世紀》 その直前の古代日本では何が起きていたのか

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卑弥呼政権の後ろ盾だった魏の滅亡後に「空白の4世紀」が始まった(写真:denkei/PIXTA)

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卑弥呼・台与政権の後ろ盾だった魏の滅亡後、中国の歴史書から倭国についての記述が忽然と消えてしまった「空白の4世紀」。これまでは、その「空白の4世紀」の間にヤマト王権が誕生したと考えられてきましたが、駒澤大学名誉教授の瀧音能之氏によれば、近年では異なる見方が出てきているといいます。
ヤマト王権の最初の大王はいったい誰だったのか――。本稿では、瀧音氏の監修書『最新考古学が解き明かす 空白の4世紀』から一部を抜粋・編集する形で、当時の日本国内の状況を俯瞰しながら、謎に包まれたヤマト王権の成立前夜について考察します。

文字史料が乏しい約150年間

中国王朝の歴史書には、倭国と呼ばれた古代日本について記されている。その最古の記述と考えられるのが、『漢書』地理志(1世紀後半成立)にある紀元前1世紀の記事で、「楽浪海中に倭人がいる。国は100以上に分かれており、定期的に貢物を献上する」とある。

古代日本で王クラスの首長が確認できるのは『漢書』王莽伝で、前漢滅亡後の西暦8年に新(8~23年)を興した王莽に「東夷の王、海を渡って国珍を奉じた」とある。この東夷の王とは北部九州のクニの王と考えられる。

さらに西暦57年には奴国(福岡県福岡市)の使者が、107年には「倭国王・帥升(すいしょう)」の使者が後漢に朝貢している。そして2世紀後半に起きた「倭国乱(倭国大乱)」を経て、クニグニから共立される形で卑弥呼が女王となった。

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