「10年も15年も働いてくれた人が、何も言われず辞めていくのがつらかった」
感謝を伝える文化を作った結果、辞めるスタッフが友人を紹介してくれるようになり、大学生やアルバイトがそのまま社員になるケースも増えたという。
つまり、日高屋の強さは「安くてうまい」だけではない。「人が定着する会社」を作ってきたことにある。
そして現在、日高屋は新たな転換期を迎えている。
コロナ禍までは「駅前立地」が基本戦略だった。しかし人流が止まり、駅前依存のリスクが露呈。そこで神田会長はロードサイド型店舗へ進出する。これが大きく当たった。
東海、関西、東北への進出も視野に
郊外型店舗ではファミリー需要を取り込み、車来店にも対応。駅前とロードサイドの「二刀流」によって、さらに商圏を広げている。現在は栃木、群馬、茨城など北関東への出店を強化。さらに東海、関西、東北への進出も視野に入れる。
「(売上高)1000億円はこの目で見届けたい」
神田会長はそう語る。だが、その言葉に単なる拡大志向は感じない。むしろ印象的だったのは、「地域インフラになりたい」という発言だ。
日高屋ができることで駅前が明るくなり、雇用が生まれ、街が元気になる。1店舗で30〜40人の雇用を生むことも、社会的役割として捉えている。
戦後の貧困から出発し、学歴も資金もない中で築き上げた外食チェーン。その根底にあるのは、「人に助けられてきた」という実感なのだろう。だからこそ神田会長は最後まで、「会社は人がすべて」と語り続けた。
日高屋の成長を支えてきたのは、ラーメンでも立地でもなく、「人を大切にする覚悟」だったのかもしれない。

