アワビは禁止!伝説だらけの名門
名門、朝倉家のルーツについては、さまざまな説があり、 孝徳天皇の皇子・表米親王(うわよねしんのう)を祖先とする見解もあるが、はっきりとはわかってはいない。
いずれにせよ、但馬(現在の兵庫県北部)に永住した豪族にそのルーツがあることは確かなようだ。
「朝倉」の苗字を用いるのは、平安時代末の朝倉宗高(むねたか)からで、その子にあたる高清は、関東で民衆を困らせた白猪を退治したという伝説を持つ。
この高清から数えて7代目(8代目あるいは9代目とする説も)にあたるのが、越前朝倉家の初代当主、朝倉広景(ひろかげ)である。広景が越前朝倉家の祖となり、それ以後、11代当主の朝倉義景(よしかげ)まで、朝倉家は続くことになる。
朝倉家では、アワビを食べることが禁じられていた。「祖先が海でアワビに助けられた」という伝説があるからだ。
そんな伝説多き朝倉家は但馬で興った。南北朝の争乱のなかで、足利氏の氏族である 斯波高経(しばたかつね)のもとに配属される。斯波高経は室町幕府から、越前(現在の福井県南部)の守護に任じられたため、朝倉氏もそれに従い、越前へと入国した。





















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