信長もあきれた「天下の大罪」三冠王
「魔王」と恐れられた、戦国の暴君・織田信長。その信長から、こう言われた男がいる。
「この老人は、常人にはできない、天下の大罪を3つも犯した」
老人とは、戦国武将・松永久秀(弾正)のこと。徳川家康に対して、信長はそんなふうに久秀を紹介したという。常識外の信長をして、そう言わしめた久秀は、どんな人物だったのだろうか。
久秀は、畿内などを支配した三好長慶に仕えて、重臣として活躍。信貴山城を居城として、大和を支配した。永禄4(1561)年には、現在の奈良市に多聞山城を築く。
やがて、三好一族に不幸が次々と降りかかる。
長慶の弟、十河一存(そごうかずまさ)が永禄4(1561)年に病死、翌年には、同じく弟の三好実休が戦死。さらに永禄6(1563)年、長慶の嫡男である三好義興も病に倒れて、22歳の若さで病死している。





















無料会員登録はこちら
ログインはこちら