不登校が増える中、長野県が抱えていた課題とは?

2022年度の小中学校の不登校児童生徒は29万9048人と過去最高となる中、多様な教育機会の1つとして注目されているのがフリースクールの存在だ。

こうした中、「信州型フリースクール認証制度」が2024年4月からスタートした。フリースクールに関する支援事業や連携推進事業を行う都道府県はほかにもあるが、認証制度は全国初となる。反響は大きく、北海道から九州・沖縄県まで、さまざまな自治体やフリースクール支援者、居場所運営者、研究者などから問い合わせが相次いでいるという。

長野県も全国的な傾向と同様、2022年度の不登校の小中学生は5735人(前年度4707人)と、過去最多を記録。年々不登校が増え続け、課題が浮き彫りになってきていた。

信州型フリースクール認証制度検討会議の座長を務めた信州大学准教授の荒井英治郎氏は、次のように話す。

「長野県には77の市町村がありますが、長野市など交通の便が比較的よく多様な学びの場にアクセスしやすい地域がある一方、オルタナティブな学びの選択肢がまったくない地域もあります。そもそもフリースクールの会費は平均月3万3000円かかる(文科省調査)ため保護者の負担は大きく、家庭の経済状況が苦しいと、より教育機会にアクセスしにくい。教育機関と学校外の学ぶ場のネットワーク化を図らなければ、フェアな教育機会を保障できません。引きこもりの問題にもつながるので、もはや社会課題。阿部守一県知事も、タウンミーティングでさまざまな教育に関する困り感を聞き、危機感を持ったのだと思います」

そうした県が抱える課題を受け、多様な学びの場を確保するため、運営の収入源が安定しないフリースクールを支援する認証制度が作られたというわけだ。

「子どもを真ん中」に考えた認証基準

具体的には、一定の基準を満たしたフリースクールなどの民間施設を県が認証し、職員の人件費や必要経費を補助するだけでなく、研修や情報発信、連携促進といった支援も順次行っていく。

「信州型フリースクール認証制度」のイメージ
(画像:荒井英治郎氏 作成・提供)

フリースクールの運営者は、活動の特徴に基づき「居場所支援型」と「学び支援型」のどちらかを選んで申請。書類審査や現地調査を経て認証が下りると、認証は3年間有効となる。

申請者が法人か個人かは問わないが、認証基準は13項目ある。いずれも「子どもを真ん中に考えた時にどういう場所であるべきか」という考えの下、設定されたという。以下は主な認証基準をまとめたものだが、「居場所支援型」と「学び支援型」という類型によっても一部基準を変えている。

認証基準は13項目。図は主な認証基準
(画像:長野県「信州型フリースクール認証制度リーフレット」より抜粋)

認証基準の設定は非常に苦労したと、荒井氏は振り返る。例えば資格の有無は、大きな論点になったという。

「『教員免許を持っているからといって、いいスタッフとは限らない』という意見もありましたが、現時点では教員免許に変わる資格が存在しません。しかし、スタッフ全員に教員免許を求めるのであれば学校と変わりませんから、オルタナティブな空間を作る意味がありません。そこで『居場所支援型』では教員資格を問わず、『学び支援型』では『1人以上が教員免許を取得していること』としました。今後は、子どもの権利などを学べる独自の研修コンテンツを作り、受講していただくことで資格基準の要件を満たしたものとすることも検討しています」

認証申請のチャンスは4月、7月、10月の年に3回で、募集期間はそれぞれ1カ月程度。認証を受けたフリースクールの情報は、不登校の子どもや保護者が最適な場を探せるよう、今年度中に新たにポータルサイトを立ち上げ公表していく予定だ。

こだわった「当事者性」、みんなで「納得解」を作る

“当事者性”にこだわった制度設計の過程にも注目したい。一般的に、こうした検討会議は学識経験者や行政、教育関係者などで構成されるが、この認証制度の検討会議では一部の委員を公募。フリースクールの代表や不登校経験者、不登校の子どもの保護者なども委員を務めた。

「不登校はかつて『登校恐怖症』や『登校拒否』といった強い意味合いを含む名称が使われていましたが、今は登校をしていない状況であるという価値観へと変わり、国も問題行動ではないとアナウンスしています。しかし、まだまだイレギュラーなマイノリティーの問題として捉えられがちで、不登校へのまなざしが非常に交錯しているのも事実。そのため、検討会議ではまず、制度設計の前に当事者それぞれが抱える困り事を具体的に共有しました。また、最適な学びのあり方について県民が意見交換会を行う信州学び円卓会議においても、認証制度について意見を交わし、参考にしました」

タイトル上の写真と同じく、「第2回信州学び円卓会議 県民意見交換会」の様子
(写真:県民文化部県民の学び支援課提供)

不登校のきっかけや要因は、人間関係や教員との関係、学校という仕組みそのものが合わないなどさまざまだ。本人はもちろん、当事者それぞれに困り感がある。

「保護者はお子さんが不登校になると孤独感を抱くだけでなく、ライフスタイルやワークスタイルも一変します。学校も学びを別の形で保障したいと思っても立場上、現状では特定のフリースクールを薦めることが難しいです。行政も、家庭や学校との距離感の取り方に難しさを感じています。そうした当事者同士が対話する機会はこれまで少なかったため、コミュニケーションの頻度と深さを心がけました」

そのため、検討会議は2023年度の上半期に毎月実施してYouTubeで公開し、全国の関心のある人たちからもフィードバックをもらったという。時間も手間もかかる方法を採ったわけだが、これこそが合意形成のポイントになったと荒井氏は話す。

「対話を進めるうちにそれぞれの『当たり前や正解』が崩れていきました。例えば、学校の先生は善意から不登校ぎみのお子さんに積極的にコミュニケーションを取ろうとしますが、当事者に聞くとそれが嫌だったという人もいれば、ありがたかったという人も。そうやってお互いに意見を表明し、ボタンのかけ違いや困り事が明らかになり、唯一の解はないことがわかってくると、徐々に子どもを中心として物事を捉えることができるようになるんですよね。とくに今は誰かが正しい答えを持っている時代ではないからこそ、みんなで納得解を作っていくことが大切だと思っていますが、まさにこういうことなんだと私自身も学ばせていただきました」

認証制度の大きなテーマは「関係の再構築」

対話を重ねて納得解を作り出す姿勢は、運用が始まってからも変わらない。現在、県は有識者などで構成される認証懇談会構成員と共に、認証申請のあったフリースクールを1つひとつ訪問して現地確認を行っている。荒井氏もその構成員として、1カ月の間に申請のあった約30件をすべて訪問したという。

荒井英治郎(あらい・えいじろう)
信州大学教職支援センター 准教授
東京大学大学院教育学研究科を経て、2016年から現職。同年4月から信州大学教職支援センター地域連携部門長。専門分野は、教育行政学、教育法学、教育経営学。過去・現在の教育政策のメカニズムを分析し、未来の制度をデザインしていくための研究のほか、教育委員会や学校改革の伴走支援を行っている。主な社会活動として、信州学び円卓会議・座長、長野県働き方改革検討委員会・座長、信州型フリースクール認証制度検討会議・座長、長野県不登校児童生徒等の学びの継続支援に関する懇談会・座長、松本市教育顧問など
(写真:本人提供)

「フリースクールの現地確認を行う際は、運営者の方に認証制度への意見や、学校との関係に関する困り感についてもお伺いしているのですが、この時間が絡み合った糸を丁寧に解く機会になっています」

学校とフリースクール、行政の連携を促すため、今年度から2名の「不登校支援機関連携推進員」も配置した。

「必要なのは、フリースクールが学校や行政とコミュニケーションを取りたい時に情報共有を手助けする仕組み。そこをつなぐキーパーソンであり、現地確認の際にも同席してもらっています。管理職経験があったり、特別支援に造詣が深かったりと、学校、フリースクール、行政の3者の困り感を共感的に理解されている方が担当されており、課題解決に向けて丁寧に対話を行っていただけることを期待しています」

今後は、フリースクール同士、あるいはフリースクールと学校が学び合う機会なども作ってさらに連携を進めていく。

対話を重ねながら作り上げた信州型フリースクール認証制度。しかし、これは完成形ではないという。大きなテーマは、「学校、行政、フリースクール、保護者、子どもたちの関係の再構築」であると、荒井氏は考えている。

「みんなで育てていこうというのが、この制度のコンセプト。認証基準の項目も運用も、もっとよい形がある可能性があるため改善を図っていきます。これまでは学校だけが教育における課題や期待感などの全部を背負ってきましたが、そこを改善するチャンスでもあります。しかし、すべて外部にお任せするということではなく、関係の再構築だと受け止めていただきたい。

そのためにも学校の先生方にはぜひ一度、お子さんが利用しているフリースクールに行ってみて、子どもたちの表情を見てほしいです。外部の視点を得ることで、改めて学校の強みや役割をポジティブに再定義できるのではないかと思います。協働の実現にはそうしたマインドセットが必要であり、フリースクール側にも質の向上がさらに求められるでしょう。この認証制度が、その起爆剤になればいいですね」

昨年度は、長野県の「不登校児童生徒等の学びの継続支援に関する懇談会」にも、フリースクールや居場所の運営者が委員として参画。今年5月には、フリースクールや居場所の運営者たちが「信州フリースクール居場所等運営者連絡協議会」を立ち上げるといった新たな動きも出てきている。連携の動きは着実に進んでいると言えそうだ。

「日本では『教育=学校教育』という図式が強固にあるため、学校に行けなくなった瞬間に絶望してしまうお子さんや保護者も多いです。そのため不登校支援を子ども中心に考えていくならば、『学校の魅力化』から『学習環境の魅力化』へという流れができるべきで、状況に応じて学校以外でも学べる『クッション』のような存在を仕組みとして整えておくことは大人の責任ではないでしょうか。そうしたセーフティーネットは公教育の体力を強くしていくのではと個人的に思っています」

今後は、シンポジウムや集いを開催するなどさらに認証制度を開かれたものにしていきたいと荒井氏は語る。「みんなで育てていく制度」という認証制度がどう進化していくのか、子どもたちを取り巻く学びの環境がどう変化していくのか、その動向は今後も注目を集めそうだ。

(文:吉田渓、注記のない写真:長野県提供)