大学生の孤独感や経済的不安感がマルチ被害につながる

国民生活センターの調べによれば、マルチ勧誘の相談件数はここ数年、平均で年間1万件ほど。そのうち約半数が20代からの相談だ。被害者の圧倒的多数が若者であり、特に大学生になったあたりで狙われるケースが多いという。その背景を、京都産業大学法学部教授の坂東俊矢氏は次のように語る。

「コロナ禍の影響で周囲との関係性が希薄となる中、つながりを求めてマルチ勧誘に入れ込んでしまうのです。マルチ商法は、商品を介在とした『つながり』の勧誘という性格を持っています。最近の大学生は、それほど豊かな生活を送っているわけではありません。

教科書を買うにもきゅうきゅうとしたり、リモート授業に必要なパソコンを買うにもしんどい思いをしたり。バイトが必須となり、そうしなければ相応の生活ができないという現実があります。ほかにも、昨今話題の老後資金への懸念や、いわゆる『勝ち組』への憧れなどで、経済情報に明るくならなければいけないという焦りもあるでしょう。

いわば、コロナ禍での孤独と漠然とした経済的不安感が重なって、マルチ勧誘に誘い込まれてしまうのです」

マルチ勧誘は昔から存在し、度々新たな手口が生まれ、大学生も定期的に被害を被ってきた。かつてはネズミ講と呼ばれたが、手を替え品を替え、最近ではネットワークビジネスや、MLM(マルチ・レベル・マーケティング)とも呼ばれている。

「マルチと言うとダークなイメージがあるため、名前を変えて、イメージを払拭したいのでしょう。『これはマルチではなく、ネットワークビジネスだから安心』という誘い文句には注意です。

実際、特定商取引法では『連鎖販売取引』と呼ばれていて『マルチ』という言葉が出てこないのも、若者にはわかりにくく難しいところです」

大学生をターゲットとしたマルチ勧誘の手口で特徴的なものの1つが、SNSを使って何かしらのコミュニティに誘い込み、内部で様々な情報提供をして最終的に取引に組み込むというものだ。昔はサークルやバイト先で拡がるものだったが、現在はSNSで結びついたグループがそうした場となっている。

「大学生でも『マルチ』と聞けば、もちろん警戒できます。しかし、対面であれオンラインであれ、仲間やグループ、サークルといった枠組みで人間関係が構築され、その中で取引が始まってしまうと、なかなかそこから逃げられないのです。

また、SNSでは、実際にマルチを首謀している者を特定し、つかまえるのも困難です。ロマンス詐欺も同様ですが、最低限相手の本名と住所がわからないと、事件として対処できない。加えて、昨今は『モノ』ではないものが商材にされており、余計に首謀者にたどり着くのが難しくなっています」

最近のマルチは「モノなしマルチ」と言って、投資の権利や暗号資産、副業紹介など、商材に実体がないケースが増えている。

「若者は『名前は聞いたことがあるが、実態や評価はわからない』ものに引っかかりがちです。暗号資産などはその最たる例。やらなければ乗り遅れるという雰囲気が蔓延していて、それにのまれて焦燥感が出たところに付け込まれるのです」

大学生でも50万円以下の融資を受けられる構造も問題

マルチ勧誘の被害は宗教勧誘の被害と似ていて、本人が信じ込んでしまうため、本人から相談に来ることはほぼないという。心配した家族や友人が第三者や専門家に相談して助言を受けるが、その後本人を説得しても、納得させられるケースは少ない。

「本人が被害に気づくのは、その会社が行政処分を受けたり、裁判で負けたりしたときです。そのときにはすでに、説得してくれた人との人間関係が壊れてしまっていることも。若者にとって大事な人の信頼を失うことは、お金の被害以上に大きなダメージとなり得ます」

被害額は、大学生は最大50万円であることが多い。そもそも20代の若者はお金をあまり持っていないため、お金の調達先は消費者金融になりがちだ。貸金業法には融資規制の規定があり、収入の3分の1を超える融資は認められていない。また、1業者から50万円を超える融資を受けるには正規収入の証明書が必要になる。

ただし、1業者につき50万円以下の少額融資であれば、給与明細などの収入を証明する書類を提出する必要がない。必要なのは本人申告の融資文書のみ。つまり、大学生でも借りることができるのだ。マルチ被害の原因は、大学生個人が融資を受けられる構造にもあると坂東氏は指摘する。

「大学生がマルチ勧誘を受けて『お金がない』と抵抗したら、勧誘側は消費者金融を勧めてきます。借りても少額だから、すぐに稼いで返せる。そう説得して、融資文書の書き方も指南してくるのです。当然、ある程度の収入がないと融資は受けられない。だから、正社員と書かせたり、収入欄に本来の収入を超える額を書かせたりします。勧誘側は細かく調査しない貸金業者を心得ています。いわば、融資文書をでっちあげさせるのです。

本人は虚偽の申告をした罪悪感があるため、周りに相談したり勧誘側を責めたりしづらい。最終的に騙されたとわかってからも、ウソをついて融資を受けたとなれば消費者金融に救済を求めることも困難です。そうやって巧みにマルチにからめとられていくのです」

実際に被害にあった大学生たちが、最初から警戒心を持っていなかったのかというと、決してそうではないだろう。しかし、最初は普通のサークルを装い次第にマルチの顔を出す「後出しマルチ」の手口や、ちょっとした年齢差で上下関係ができてしまう独特な世界、そうした環境でつい断れずに話を聞いてしまい、やがて洗脳されていくのだそうだ。

断り文句に「お金がないので」は通用しない

最近では2022年に成年年齢が18歳に引き下がった。その結果、例えばカルト宗教の勧誘は、高校生にも及んでいるというが、マルチ勧誘ではどのような影響があるのか。

「成年年齢が引き下がったことで、18歳でも消費者金融から融資を受けることは可能になりました。しかし実際は、ほとんどの業者が高校生への融資は行っておらず、危惧していたほど被害は増えませんでした。しかし一方で、18歳でも年収の証明書がいらない月間利用限度額30万円のクレジットカードが作れるようになったため、主に脱毛美容などの美容医療関連の被害が出てきています」

マルチ商法は、連鎖販売取引として特定商取引法で様々な規制がなされているが、残念ながら違法ではない。大学側も入学ガイダンスで注意喚起をしたり、学生課が窓口となって相談を受けるなど、学内でマルチが蔓延しないよう対策は講じている。ただし、どこまで学生に浸透しているかはわからず、学生課での対応にも限界がある。

マルチ勧誘には学生自身が気をつけることが何よりの対策となるが、勧誘を受けた場合はどう対処すればよいのだろうか。坂東氏はこうアドバイスする。

「まず、『お金がないので』という断り方は通用しません。基本的には、関わる気がないことを『マルチ』という言葉を使って伝えることが重要です。『私は、これがマルチだと思う。マルチに関わる気はない』と相手に示してきちんと断るのです。もし融資を受ける話にまで進んでしまったら、虚偽の申告をすることを拒否する。事実と異なることを書くのが良いことなのか、悪いことなのか。自分で判断できる若者であってほしいです」

一度騙されると、その情報はいわゆる『カモリスト』としてほかの業者にわたることもあるという。坂東氏は最後に、「万が一騙されてしまったとしても、やり直しはできます。次は騙されない大人になってほしいです」と語った。

(文:國貞 文隆、写真:polkadot / PIXTA)