日本の法人営業は、この5年でどう変わったのか 意思決定の速度と精度を上げるためすべきこと
売り手・買い手ともに、「信頼関係」を重視する傾向が強まっている
HubSpotによる年次調査の最新版で「変わらないこと」として見えてきたのは、売り手・買い手ともに「信頼構築」への意識が高いことだ。
売り手である法人営業組織と、その取引先となる買い手の双方に、理想とする営業スタイルを尋ねたところ、売り手側は「訪問型営業のほうがリモート営業より好ましい」が多数派ではあるものの、2020年のコロナ禍以降初めて微減し、53.3%となった。
その理由の1位は「商談相手から信頼を得られると思うから」であり、この選択肢を選ぶ人の割合は、調査を始めてから毎年増加している。
さらに、営業担当者に時間があったらやりたい業務を尋ねたところ、1位が「顧客との商談」で、具体的には「1日にあと25分」顧客とやり取りをする時間を増やしたいと思っていることがわかった。このことからも、売り手が買い手との信頼関係の構築を重視していることがわかる。
一方、買い手のうち「訪問型営業のほうが好ましい」とする割合は19年度時点から14.3ポイント下落し、「訪問型営業とリモート営業のどちらでもよい」とする割合は13.6ポイント上昇した。
ただし、「どのような印象を持つ会社のサービスや商品を購入したいと思いますか」と尋ねると、1位は3年連続で「信頼できる会社」となった。
このことから、手段である営業スタイルへのこだわりは減っている一方、目的の1つである「信頼構築」に対する意識は変わらず高いことがわかる。
この傾向について、HubSpot Japanマーケティングチームシニアマネージャーの土井早春氏は、「信頼に対する意識の傾け方に、変化が生じているのではないか」と考察する。
「コロナ禍で、多くの法人営業組織は半強制的にリモート営業を導入せざるをえない状況にありました。『会って話すことが当たり前』と捉えられていた時代に対し、今『訪問型営業のほうが好ましい』と考えている売り手の中では『信頼関係を築くために会いに行くのだ』という目的意識が明確になってきているように思われます。
『商談の方法はどちらでもよい』という買い手が増えていることからわかるのは、最終的に重要なのは商談の方法というよりも内容、つまり質だということです。
買い手が達成したい目標を売り手側がしっかりと把握し、ゴールから逆算した提案やコミュニケーションを取れるかどうかが、信頼関係強化のカギになるのではないでしょうか」
CRMや生成AIの進化と普及が、法人営業にもたらす影響
では、「変わりつつあること」はどうか。注目したいのは、クラウド型CRMや生成AIの浸透具合だ。売り手に顧客管理の方法を尋ねたところ、顧客データや営業活動を記録できるCRMの導入率は36.2%と、前回調査時と同水準だったが、クラウド型CRMの導入率は初回調査から上がり続けている。
とくに従業員規模が大きくなるほどCRMの導入率が上がり、営業活動や評価、意思決定にデータを重視する割合が高まることが明らかになった。
一方、「顧客管理の方法は明確でない/わからない」とする回答も32.4%に達している。売り手によって、顧客管理の意識や具体的な方法に差があることが顕在化した。
「クラウド型CRMは組織で顧客を管理し、営業の戦略を練るうえで重要なツールです。また、顧客データや販売履歴など多岐にわたるデータを一元的に蓄積できるので、営業担当者にとっても何かしらの示唆があります。
信頼関係構築の前提にある、深い顧客理解のためにも、顧客管理の徹底や合理化は不可欠だといえるでしょう」
また、新しいテクノロジーとしてビジネス利用が拡大している生成AIに関しては、売り手側営業組織での認知率は78.8%、業務に活用したことがある人は21.1%となった。また、活用したことがある人のうち、営業責任者が30.1%、営業担当者は12.0%とマネジメント層のほうが積極的に活用していることがわかった。
生成AI活用の用途1位は「業務効率を上げるため」、2位は「仕事の質を上げるため」となっており、生成AIの質を重視している人も多い傾向が見られた。利用経験のある人は「生成AIによって、無駄だと感じる時間のうち平均33%を減らせた」こともわかった。
「生成AIを使って無駄な時間を削減できれば、余剰リソースを顧客と接する時間に回すことができます。
生成AIを使う際に重要なのは、単に作業を簡略化するだけではなく、買い手に与えうるポジティブな影響や、買い手のためになる活用法を追求することです。例えば顧客との商談前に生成AIと壁打ちをして、自分の考えを整理したり仮説をブラッシュアップさせたりする使い方が考えられます。
クラウド型CRMなどの活用で顧客データの管理を徹底したり、生成AIをアシスタント的に活用したりすることで、信頼関係の構築により多くのリソースを割けることは明らかです。
ただ生成AIは、リッチなデータがどれだけそろっているかでアウトプットの質が大きく変わるツールでもあります。便利になるからとやみくもに導入するのではなく、導入することで業務プロセスがどう変わり、それが買い手にとっての価値にどうつながるのかを明確に整理することが、AIを使いこなすためのファーストステップになると思います」
自社の独自性を光らせる、ストーリーテリングの重要性
ここまで、売り手と買い手の「不変と変化」について考察を進めてきたが、ネクストステップにも踏み込んでみたい。今後の法人営業組織はどこを変え、どんな姿を目指すべきなのだろうか。
1つのヒントとして、土井氏は「日本は海外と比べて、相手との関係性や感覚をベースとした商慣習が根強い」という点を挙げる。
「今回の調査で、営業活動の進め方や評価、意思決定においてデータと感覚のどちらを重視するかについても分析したところ、従業員1001名以上の企業のみ、わずかにデータ重視派が多い結果になりました。これはどちらが正解というものではなく、データと感覚の両方にアンテナを張るバランス能力が重要なのだと思います。
例えば、自社のサービスを提案する際に、買い手の業種や従業員、売上高などの数字(データ)を踏まえるとプランAが最適だと考えられるとしても、これまでの経験上、社内調整などに時間がかかる可能性がある(感覚)ためプランBを提案するといった思考を基にストーリーテリングをすることで、説得力が増します。
日本企業がこれまで培ってきた感覚をベースにした商習慣は海外から見ると独特で、大きなアドバンテージです。そこにデータの力を合わせることで、意思決定の速度と精度を上げていけるでしょう」
感覚(アート)とデータ(サイエンス)のバランスを取りながら双方を活用し、文脈をつくり上げていく。この能力こそ、生成AIにはない人間ならではの強みだ。
最新のテクノロジーを使いこなしながらも、最終的には個々の判断で顧客ニーズに応じた提案を行うことが、営業担当者に欠かせないスキルとなる。
「ストーリーは必ずしもとがったものである必要はなく、背後に手触り感のある経験談や、語る人や企業の率直な思いがあるかどうかが重要です。ただ単にデータを羅列するのではなく、自社の理念や哲学を交えたストーリーを意識することで、買い手の心に響く提案につながります。
簡単なことではありませんが、まず意識するといいのは『意見を持つこと』。ビジネスを取り巻くすべての事象に対して自分なりの考えや意見を持つことで、語り口を手に入れられるのではないでしょうか」
生成AIの登場で、誰でも大量にコンテンツを生産できる時代になった。実際に今ネット上には、生成AIを使った低品質なコンテンツも見られ始めている。
だからこそ、人間の介在によって生まれる独自性は、売り手と買い手のつながりを深めるカギとなる。売り手はデータと感覚のバランスを意識し、自社の独自性を基に買い手のビジネスを支援していく。その姿勢が、この変化の激しい時代における、自社の競争力につながるのではないだろうか。