HubSpot定点調査に見る「営業と顧客の関係」 営業部員の61%がメンタルヘルス不調を実感
日本の法人営業組織には、約1兆円分もの無駄が生じている
HubSpotが、売り手である法人営業組織とその取引先である買い手を対象に行っている「日本の営業に関する意識・実態調査」。最新版は、売り手1545名、買い手515名を対象として2022年11月に行ったものだ。その結果の中で注目すべきは、「営業活動の無駄」の多さである。
働く時間のうち「無駄だ」と感じる時間の割合を尋ねたところ、平均で「22.37%」という結果になった。また、DXの潮流や人手不足の現状を受け、多くの企業で業務効率化を追求してきたはずだが、1日の労働時間は21年12月の前回調査から1.25時間増加。これらの数字を基に無駄な時間を金額に換算すると約9802億円に上り、前回対比で約1500億円分も増えたことがわかった。
「無駄な労働時間」が増加傾向にあるのはなぜか。その背景について、HubSpot Japanシニアマーケティングディレクターの伊佐裕也氏は、「本質的な業務改善が実現していないのではないか」と語る。
「デジタルツールの活用だけが目的になってしまっていることが、無駄を感じる要因の1つだと考えられます。例えば顧客の情報をデジタルで一元管理することになっても、具体的な活用の戦略とプロセスがなければ、営業活動の合理化や顧客満足度の向上には至りません。解決策としては、組織全体で経営戦略や業績評価指標などにひも付いたツールを導入・活用することが挙げられます」
「無駄だと思うこと」の第1位は社内会議
伊佐氏は本質的な業務改善を阻むもう1つの課題に、「社内のつながりの弱さ」を挙げる。調査結果で売り手の67.3%が「社内の上司や部下・同僚とのつながりを重視している(やや重視している)」一方で、61.8%が「社内の上司や部下・同僚とのつながりが困難になっている」と回答している。
ところが、興味深いのは「営業に関する業務の中で無駄だと思うことは?」の問いに対し、1位の回答は「社内会議(51.7%)」という結果になったこと。つまり、社内のつながりの起点になるはずの社内会議を無駄だと捉えている人が多いというわけだ。
「社内のつながりを強くし、無駄だと受け取られない社内会議にするためには、会議の質を研ぎ澄ませることが必要でしょう。進捗報告や業務連絡だけに時間を費やすのではなく、対話や議論が必要な場合のみ会議を設定するなど、会議の中身を見直すことは有効です。また、社内のつながりを強固にするには、人として信頼できる、心理的安全性のある関係性の構築が必要だと考えます。メンバーと1対1で面談しているマネージャーも多いかもしれませんが、メンバーの内面理解に努めたり、マネージャー自身が自分の弱点や失敗を開示したりと、関係性を深める時間に充てるのも一手です」
社内のつながりのあり方を見直すことが重要だと語る伊佐氏。社内会議では心理的な距離を縮めるコミュニケーションを重点的に行い、単純な業務報告はチャットツールなどで行うことで、メンバーとのつながりの質を高められるとみている。
HubSpotは、「使いやすさ」と「高度な機能」を両立させた製品とサービスで企業の成長を支援する、クラウド型のCRMプラットフォームを提供している。そのベースにあるのは、顧客を惹きつけ、信頼関係を築き、顧客満足度を高めることで自社も成長していく「インバウンド」の思想。企業の各成長フェーズのニーズに合わせて、機能を柔軟に拡張することが可能で、現在世界120カ国以上で約16万7000社に導入されている。
メンタルヘルスに影を落とす「つながり」の希薄さ
従業員のメンタルヘルスに関しても興味深い調査結果がある。「過去1年間で燃え尽き症候群や仕事のモチベーション低下につながるメンタルヘルスの不調を感じたことがある」と回答した人は61.3%に上る。また、社員教育やマネジメント面における課題の1位は「従業員のモチベーション維持」で45.0%だった。
「燃え尽き症候群の要因として、仕事量の過多による疲弊だけでなく、挑戦機会の少なさや、組織からの支援・期待の不足も当てはまることがわかりました。マネージャーはメンバーに対する理解を深めたうえで、適切な挑戦の機会を提供し、期待感を伝えるなどモチベーションを高く保つ働きかけが大切です」
と伊佐氏は述べたうえで、「とくに営業組織においては、業務の進め方も売り上げという数字に表れる成果も属人化しやすい。メンタルヘルスの不調についても個人で対処するべきという考え方が根強いのではないか」と指摘する。
「長期的な視点で営業組織を健全に、なおかつビジネスの成長につなげるためには、経営者が属人的な業務や評価制度を見直し、『組織を挙げてメンタルヘルス向上に取り組む』として戦略を立てることが必要なのではないでしょうか。また、とくに日本の企業はハッスルカルチャー(多忙を美徳とする文化)から脱することも重要でしょう」
さらに伊佐氏は、具体的なメンタルヘルス向上の方法の1つに「リスキリング」を挙げる。「ただし、リスキリングのあり方には注意が必要です。資格取得の支援などでメンバーの背中を押すだけではなく、日々の対話から一人ひとりのキャリア志向や身に付けたいスキルを把握し、学びの方向性に関する『壁打ち相手』になることがポイントです」。
買い手は「信頼性を重視」売り手に求められる姿勢とは
ビジネス環境の変化が激しい今、求められるスキルはつねに変化する。そのスピードにのまれず、つねに学び続ける姿勢を持ち続けることは、メンタルヘルスの向上をもたらし、結果的に顧客のニーズに応えることにつながる。
顧客のニーズに応えることの重要性は、前回調査と変わらない部分でもある。買い手の購買意思決定における最重要要素の第1位は「(売り手企業が)信頼できる」の41.7%で、前回の33.6%から増加した。買い手の購買活動において、商品の品質や価格よりも「信頼性」が重視される潮流は不変のものだとわかる。
「ビジネス環境の不透明性と不確実性が高まったことで、よりいっそう取引相手に信頼性を求める心理が働いていると考えられます」と伊佐氏は分析する。
そして、信頼につながる要素の上位は「営業担当者が自社の要望を的確に実行してくれる(59.4%)」「営業担当者が自社のことを真剣に考えてくれていると思う(53.6%)」「企業として言っていることと実際の行動が一致している(52.4%)」という結果に。日々の営業活動の中で、いかに顧客のニーズを把握できるかが勝敗を分けるようだ。
こうした状況下で、経営者やマネージャーは何を心がければいいのだろうか。まず必要なのは、売り手企業の全員が、統一された価値基準や判断軸を持って行動すること。そのうえで買い手のニーズを理解し、働きかけることが求められていると伊佐氏は語る。
「営業担当によって発言内容にズレがあったり、顧客の情報を連携できていなかったりすると、顧客の信頼を一気に失いかねません。信頼構築の一助として、顧客情報を一元管理するCRMツールの導入は有効ですが、それは目的ではなくあくまでも手段。自社だけでなく顧客に対しても導入のメリットが生まれるべきで、顧客の体験を向上させることを目的とした情報活用プロセスの構築が重要です。顧客からの信頼を得られていると実感できれば、それが営業担当者の働きがいにも直結するでしょう」
定点観測から見えてきた「変化」と「不変」。この2つに共通しているのは、「本質的なつながり」への欲求だ。社内においてはDXで業務の無駄を省き、多くのリソースをメンバーのエンゲージメント向上に費やすこと。顧客に対しては、組織全体で言動と行動を一致させ、信頼構築に資する活動に重きを置くこと。環境の変化が激しい時代も、信頼構築に向けた必要条件は意外と普遍的なものであるようだ。