「商品の機能より企業の信頼性を重視」購買の潮流 オイシックス専門役員と考える、顧客中心主義

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※「週刊東洋経済」2023年1月23日発売号に掲載の「ビジネスアスペクト」に誤りがございました。本ページでは、正しい内容に修正して掲出しております。
顧客とのあらゆる接点におけるデジタルの活用は、企業の必須の施策となった。しかし、顧客との関係づくりを進めようとするものの、かえって距離が生じてしまうケースが相次いでいる。単にデジタル接点を持っているだけでは顧客との「つながり」を維持できない今の時代、企業はどうすれば、顧客から選ばれ続けることができるのだろうか。オイシックス・ラ・大地専門役員の奥谷孝司氏と、CRMプラットフォームを提供するHubSpot Japan(以下、HubSpot)代表の廣田達樹氏が語り合った。

顧客は体験価値より上位の
「つながっている価値」を求めている

——顧客との「つながり」とは、具体的に何を指すのでしょうか。

奥谷 以前のマーケティングは、AIDMA(※1)に象徴されるように、顧客に商品を選んでもらい、買ってもらうことを主眼に置いていました。しかし近年、買った後の「顧客体験」こそが最重要事項だと多くの人が気づき始めました。商品・サービスの機能的価値(※2)が優れていることは重要ですが、それだけでは不十分。買った後の体験、いわば優れた「顧客時間」――が次の購買行動を促します。

ただ、体験価値が優れていても、1回きりでは弱い。絶えず体験価値を提案し続けることによって、顧客は体験価値よりさらに上位の「つながっている価値」を感じ、企業への親近感や信頼感を高めていきます。

HubSpot Japan 代表 廣田 達樹 氏
日常生活と同じく、顧客と企業の間にも信頼関係が必要。このことはデータに表れている
HubSpot Japan 代表
廣田 達樹 

廣田 企業と顧客のつながりは、何も特別なものではなく、基本的に人と人のつながりと同じだと考えています。私たちが普段、日常生活で信頼できる人と共に過ごしたいと感じるのと同じく、顧客と企業の間にも信頼関係が必要です。

当社が毎年実施している『日本の営業に関する意識・実態調査』(※3)で「どのような印象を持つ会社のサービスや商品を購入したいと思うか」と尋ねたところ、1位は「信頼できる(33.6%)」でした。2位「製品の品質が高い(30.1%)」、3位「価格に見合う製品やサービスを提供している(27.6%)」といった機能的価値以上に、顧客は信頼を重視していました。単に商品の情報が与えられるだけでは足りず、企業が顧客と信頼関係で結ばれていてこそ、初めてつながっているといえるのではないでしょうか。

奥谷 つながりが重視されるようになった背景には、デジタルの普及があります。例えばこれまでは店頭のPOPや街頭広告、たまたま目にしたテレビCMなどでしか顧客と接点が持てなかったのが、デジタルによって物理的、身体的な制約がなくなり、購入の検討開始から購入後まで、継続的に接点を持てるようになりました。逆に、つながる機会があるのにそれを生かさない企業のことを顧客は忘れてしまうでしょう。顧客とのつながりをつくり、維持できるかどうかは、機会の生かし方次第です。

オイシックス・ラ・大地 専門役員 奥谷 孝司 氏
顧客にモノを売り、その機能価値を「コト」と言い換えているにすぎないケースが多い
オイシックス・ラ・大地 専門役員
奥谷 孝司 

廣田 つながるかどうかの選択権は、完全に企業から顧客へと移ったように感じます。私もそうですが、スマホに届くプッシュ通知より、好きなブランド、好きな企業からの情報だけを選んで見ている人は多いのではないでしょうか。

奥谷 そうですね。企業と顧客に情報格差があった時代は、「メイド・イン・ジャパンです」「最新の機能がついています」というプロダクトドリブンや、「100年の伝統があります」というブランドドリブンの情報発信で顧客に選ばれることが可能でした。しかし大量の情報があふれている今、かつてのような発信だけでは通用しません。注目されているのは、パーパスドリブン。企業が「この理念に基づいて、こんな世界を実現します」と発信して、それに共感した顧客が商品やサービスを選んでいます。せっかくデジタルの顧客接点を持っても、顧客に向き合う姿勢がない企業、顧客にとって本当に価値のある商品を提案できない企業は、生き残っていけないでしょう。

※1 AIDMAとは、「Attention=注意、Interest=関心、Desire=欲求、Memory=記憶、Action=行動」の5要素
※2 機能的価値とは、製品やサービスが機能面・性能面で顧客に提供できる価値のこと
※3 「日本の営業に関する意識・実態調査」(2022)

つながりをつくるカギは
「顧客の成功」に本気で向き合う姿勢

【HubSpot Japanについて】
HubSpotは、「使いやすさ」と「高度な機能」を両立させた製品とサービスで企業の成長を支援する、クラウド型のCRM(顧客関係管理)プラットフォームを提供している。顧客を惹きつけ、信頼関係を築き、顧客満足度を高めることで自社も成長していく「インバウンド」の思想に基づき、企業を支援。企業の各成長フェーズのニーズに合わせて柔軟に拡張することが可能で、現在世界120カ国以上で約15万8000社に導入されている。

廣田 オイシックス・ラ・大地さんは、どうやって顧客とのつながりをつくっていますか。

奥谷 例えば、20分で主菜と副菜の2品を作れるレシピ付きミールキット「KitOisix」(キットオイシックス)という商品は、もちろん味や安全性の面で競合に負けない機能的価値を持っています。しかし、それだけでは足りません。KitOisixを通して私たちが解決したいこと、提供したいことはたくさんありますが、1つは、「献立を考える」という苦労からの解放です。例えば小さな子どもがいれば、働きながら1日2~3食用意しなければなりません。そこに弊社品質基準をクリアした食材が使い切れる量だけ入っており、主菜と副菜が20分で作れるという機能的価値の提供を通して、「子どもを持つ親」の時間を生み出し、食卓に家族のコミュニケーションももたらす。このようにミールキットの機能的価値だけでなく、それ以上にKitOisixの体験価値を届ける工夫を続けています。

当社が手がけているようなサブスクは、顧客接点を維持しやすいビジネスモデルですが、万が一、顧客が疑問を感じればいつでも解約できます。階段を一歩ずつ上るように、ひたすら体験価値を提供し続けるしかないと思います。HubSpotさんはどうですか。BtoBならではの手法があるのでしょうか。

廣田 当社が意識しているのはカスタマーサクセスです。当社は顧客管理ツールを提供していますが、実は「他社がマーケティングオートメーション(以下MA)をやっているからわが社にも」とツールだけを導入しようとするお客様が少なくありません。こうした場合、私たちはそのまま導入いただくのではなく、あえて立ち止まって、ツール導入によって実現したいゴールは何か、部分最適ではなく全体のオペレーションでの課題は何かを考えツール導入を実施できるよう、支援しています。この本質的な提案をするには、当社もマーケティング、営業、カスタマーサービス・サクセス部門が連携してお客様一社一社が求めているものや背景を理解し、提案内容を磨く必要があります。簡単ではありませんが、結局はそのほうがお客様の成功につながりやすく、お付き合いも長くなる傾向があります。

奥谷 顧客の声に耳を傾けることは、BtoBもBtoCも変わらず重要ですね。私がオイシックス・ラ・大地に入社して驚いたのは、社長の髙島宏平が、今もお客様インタビューを欠かさず続けていること。元ユーザーにも、解約した理由などを伺っています。

3つの分断を乗り越えるために日本企業に必要なこと

——企業は顧客とつながるために何をすべきでしょうか。

ビジネスの世界に起きている3つの分断

廣田 コロナ禍以降、ビジネスの世界には3つの分断が起きています。まず「企業と顧客の分断」。これは今までお話ししてきたとおりです。2つ目は、「システムの分断」です。これは「データの分断」と言い換えてもいいでしょう。コロナ禍もあり、ITツールを導入する障壁は年々下がっています。

部署ごとに違ったツールを導入するケースも多く、今や米国の平均的な企業が利用しているSaaSプロダクトは240を超えました(※4)。部分最適なツールが乱立していることで、社内でデータが分断されてしまっています。そして3つ目は「人と人の分断」。リモートワークが普及したことでコミュニケーションの量が減少し、その質も担保しにくくなりました。

2つ目と3つ目の分断は、結果的に「企業と顧客の分断」を招きます。部署間で顧客データが共有されていなければ顧客体験が損なわれるリスクが高まるし、対面でナレッジを共有している社員同士が分断されると、組織力が低下し、最終的に顧客体験に影響する。この3つの分断を埋めることが、顧客とつながるための必須条件です。

奥谷 システムの分断については、企業自らが顧客データを持つ意識が必要です。本当に顧客とつながりたいなら、プラットフォーマーを通すよりも、顧客と直接つながって一元的なデータ管理をしたほうがいいように思います。

そして、データもシステムも、活用するのは結局人です。最新ツールを導入しても、生産性や人間関係が悪化してしまったら逆効果。あくまでも「人間中心」の観点に基づいて分断を解決することが必要です。例えば、CHRO(最高人事責任者)が関与するのも一手でしょう。

カスタマーバリューの3階層

——最後に読者にメッセージをお願いします。

奥谷 デジタルで顧客とつながるのは、実は覚悟がいること。自社への称賛だけでなく不満も次々に届きます。そして何より、一度「顧客とつながる」と決めたら、継続する必要が生まれます。顧客が持つ不満から目を背けたり、つながる姿勢を短期間で取りやめたりしてしまっては、むしろ信頼を損なう。自社は本当にいい商品を提供できているか、顧客の体験を真剣に考えているのか。これらの問いから逃げずに向かい続ける覚悟、人間力が試されることになるわけです。

廣田 ありがちなのが、データ中心になるあまり、売り上げや何らかのKPIを追うだけになってしまうこと。顧客視点に立って価値を提供することが大切であり、データはあくまでもそれを補完するもの、目標数字は価値提供の結果であるということを忘れてはいけません。デジタルの要素を踏まえてビジネスモデルを構築・改革できるかどうか。そこが、企業の命運を分けるでしょう。

※4 「Customer Relationship Management Market Size, Share & Trends Analysis Report 2030」Grand View Research, Inc.
 

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