3年間定点観測「営業の実態調査」、最新結果は? 顧客と営業組織、それぞれの変化が明らかに
3回目となる営業の意識・実態調査からわかったこと
CRM(顧客関係管理)プラットフォームを提供するHubSpotは2022年2月、「日本の営業に関する意識・実態調査2022」の結果を発表した。同社は2019年から毎年、日本の営業活動に関する意識・実態調査を実施しており、今回が3回目となる。対象者は売り手(営業組織)側として経営層、法人営業組織責任者、法人営業担当者各515人の計1545人、買い手(顧客)側として515人。調査時期は21年12月で、タイミングとしてはオミクロン株が感染拡大する前の、比較的落ち着いた時期だと考えてもらえばいい。
最新調査で注目したいのは、買い手側の意識の変化だろう。「好ましい営業スタイル」を尋ねたところ、前回の調査では、リモート営業を望む回答が38.5%と最多だったが、今回は21.2%に減少。一方、「どちらでもいい」という回答は約1・5倍に増えて、調査開始以降最多の38.4%になった。さらに、「コロナが終わったら」という仮定の条件をつけて同じ質問をしたところ、「どちらでもいい」が41.4%で最多になった。ただし、「どちらでもいい」という回答はどのように解釈すればいいのだろうか。HubSpot Japanシニアマーケティングディレクターの伊佐裕也氏は、次のように分析する。
「これは、単純に『どちらでも構わない』という意味ではないでしょう。顧客が望んでいるのは、どちらかに偏るのではなく、状況に合わせて適切な方法をその都度選ぶこと。『感染症が拡大しているからリモートで』『状況が落ち着いたので、今回は訪問してほしい』というように、柔軟に使い分けたいのでしょう」
顧客がどちらを望んでいるのか?をつかむことが顧客体験向上の第一歩
訪問とリモートの使い分けは、コロナ対応だけではない。「繁忙期なのでリモート」「自社の課題について議論したいから訪問」など、顧客の状況や商談内容によってもふさわしい営業スタイルは変わっていく。
「営業にあたって、まずは顧客が今どちらを望んでいるのか事前にヒアリングすることをお勧めします。また、顧客がリモートを望んだ場合、スムーズに対応できる準備をしておくことも大切です。訪問営業でしていたことを、そのままリモートに置き換えるのではなく、リモートだからこそできる工夫を取り入れながら、摩擦のないコミュニケーションを心がけるべきでしょう」
例えば訪問で初対面のときは、まず名刺交換をするのが一般的なビジネスマナーだ。一方、リモートでは物理的な名刺がない。そのために複数の関係者が商談に参加したとき、相手の部署や役割がわからずに混乱するケースもある。会議の冒頭で自己紹介タイムを設けるなどの工夫が求められる。
「リモート営業に決まったやり方やルールがあるわけではないので、営業組織側にはいろいろ試していただきたいですね。試行錯誤して準備を整えておけば、顧客から『今回はリモートで』と要望があったときに慌てることなく対応できます。訪問とリモート両方の選択肢を用意しておくことが、優れた顧客体験につながります」
ストレスフルな労働環境でモチベーションの維持が課題に
本調査では、売り手側にも興味深い傾向が見て取れた。営業組織における社員教育やマネジメント面での課題を尋ねたところ、最も多かったのは「従業員のモチベーション維持」の45.2%だった。中でもメンタルヘルス面の悪化が顕著で、「1年前と比較した職場での精神状態」は、営業担当者の4人に1人が「悪くなった」と回答した。
はたして、モチベーションやメンタルへルスが低下した原因はどこにあるのか。伊佐氏は「2つの背景が考えられます」と分析する。
「1つ目はコミュニケーションの問題です。オンラインのミーティングは、偶発的なコミュニケーションが生まれにくく、会社やチームへの帰属意識が低下しがちです。2つ目は、コロナ禍で日常生活そのものがストレスフルになったことも影響しているでしょう。当社にもコロナ禍で、在宅勤務をしながら育児をする必要に迫られた従業員がいました。そうした環境で仕事に集中するのは難しいでしょう」
こうした状況には、多くの経営者が課題感を持っている。ただ、効果的な打ち手ができているかどうかは別の話だ。
「会社は社員のメンタルヘルス向上に積極的に取り組んでいるか」と質問をしたところ、「そう思う」「ややそう思う」と回答した人の割合は、経営者が48.7%であるのに対して、営業担当者は24.5%だった。経営層が十分な対策をしているつもりでも、現場はそう評価していない。それどころか、会社が積極的に改善に向けて動いている姿勢が見えないことで、ストレスやモチベーション低下につながっているおそれもある。
「モチベーションやメンタルヘルスを向上させるための『絶対の正解』はなくても、会社としてそれを見つける努力を継続していくべきです。まずは従業員の要望や課題を吸い上げ、それらを解決する人事制度や福利厚生、サポート策について議論して、実行に移す。結果が出たら従業員からフィードバックを集め、また対応する。これを続けていくしかないでしょう」
伊佐氏がこう強調するのは、HubSpot自身が全従業員を対象とする満足度調査を年4回実施して、継続的に改善しているからだ。
例えば同社は、メンタルヘルス向上のため2020年に「国・地域ごとの1日一斉休業」を導入した。一定の効果はあったが、世界展開している企業ゆえに、従業員から「自分の地域は休みでも、ほかの地域から連絡がきて心が休まらない」という声が寄せられ、翌年には「グローバル一斉休業週」を設けるなどバージョンアップさせている。
同社は、Great Place to Work® Institute Japanの「2022年版 日本における『働きがいのある会社』ランキング ベスト100」で、小規模部門3位にランクインしている。顧客に向き合うのと同じように、従業員のニーズに寄り添い、改善を提案して、振り返りを続ける姿勢がもたらした結果といえるだろう。
顧客はコロナ前に増して企業の「信頼性」を重視するように
買い手側にも、もう一つ注目すべき傾向がある。コロナ前と現在を比較して、購買の意思決定でより重視するようになった要素を聞いたところ、「製品の品質」や「価格」を超えて「信頼できる」が48.2%で最多になったのだ。
「信頼性は、もともと購買意思決定の要素として重視されていましたが、リモート環境で直接のコミュニケーションが取りにくくなったこと、困難な社会環境が続いていることから、よりその傾向が強まったのでしょう。信頼は営業担当者だけではなく、会社レベルの言動によっても醸成されます。『顧客起点』を大々的に打ち出している企業でも、実際の施策や現場の言動が伴っていないと、顧客からの信頼が損なわれてしまう。企業として一貫性を保たなければいけません」
組織の言動を一致させるには、ソフトとハード両面の取り組みが必要だろう。ソフト面では、価値基準やカルチャーを明確にして、組織に根付かせることが大切だ。
「カギを握るのはリーダーの言動です。従業員は、リーダーが価値基準のとおりに動いているかどうかをシビアに見ています。たとえ会社の短期的な利益に直結しない意思決定でも、それが価値基準どおりの行動であれば、『自分たちもこの価値基準を大事にしよう』と自信を持てます」
価値基準やカルチャーについては、現場で議論する場も欠かせない。伊佐氏が率いるマーケティングチームでは、自分たちの存在意義や理想の働き方といったテーマでミーティングをする機会を設けている。「会社として持つ価値観を共有するだけでなく、チームの一体感を高める場にもなっています」。
ハード面での支えも必須だ。例えばCRM(顧客関係管理)ツールを導入して、顧客情報を一元化していれば、マーケティング、営業、サポートが同じ情報を見て顧客とコミュニケーションができる。
また、顧客情報が社内で共有されていれば、担当者が不在にしていても、ほかの誰かが代わりに対応できる。従業員が気兼ねなく休める環境の整備は、メンタルヘルスにもプラスに働く。こうした組織に一貫性をもたらす施策は、顧客からの信頼獲得だけでなく従業員のモチベーション向上にもつながり、まさに一石二鳥。顧客からの信頼はもちろん、従業員のモチベーションやメンタルヘルスなどの重要性が増している今だからこそ、期待されるところは大きいだろう。