年齢: 30代
居住地: 東京都
勤務先:区立小学校
印刷ミスで大量廃紙、備品を壊しても黙っている教員も
水沢さんは、東京都の行政職員として採用されて約10年。小学校の事務職員としてこれまで複数校で勤務してきた。
意外と知られていないが、公立小中学校の事務職員はほとんどが1校に1人。ただしこれは、人手不足が理由ではない。法律(※1)によって定数1名と決まっているのだ。小学校は27学級以上、中学校は21学級以上あれば複数配置も可能だが、逆にいえばそれ以外は必然的にワンオペとなる。事務補助としてパートタイムの会計年度任用職員を配置する学校もあるが、水沢さんは1人で業務をこなしている。過度な負担があるかと思いきや、意外な答えが返ってきた。
※1 義務標準法(公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律)。小学校の場合27学級以上、中学校の場合21学級以上あれば2名以上の「複数配置」が可能
「慣れることができれば、1人でも特に問題はありません。私はほとんど残業しませんし、よほどのことがない限り定時に帰ります」
聞けば、デジタル化にスムーズに対応し、クラウドや校内ネット掲示板を活用して効率化が進んでいる。「仕事は段取りよくできていると思う」と語る水沢さんだが、教員に対してはもどかしさを抱えている。
「正直、精神的な負担は大きいです。お金や時間などコストに対する意識の低さや、一般企業なら許されないであろう服務の緩さには、日々イライラが募ります」
金銭コストについては、消耗品や備品を粗雑に扱う教員が多いと嘆く。例えば「紙」。燃料や原料の価格高騰で近年かなり値上がったが、無駄使いも目立つ。
「A4用紙は、5年前に比べて2倍近い値段になりました。でも、消費税が上がろうが物価高になろうが、教育委員会は予算を増やしてくれません。安い紙屋さんは廃業してしまい、別の調達先を必死に探し回って限られた枚数を購入しています。悪気はないかもしれませんが、あっけらかんと印刷間違いをして大量に廃紙を出す先生もいます。それなりの値段がする画用紙も、端にチョロチョロっと描いただけで捨てたりと、本当にもったいないんですよ。備品を壊したり失くしたりしても知らん顔で黙っていることもあり、『税金を使っている』ことを理解しているのかと悲しくなります。『みなさん、血税ですよ!』と叫びたいです」
「公務員が一生懸命に働いていることを認めてほしいなら、こちらも誠実に動かないと。もう少し社会常識を身につけてほしい」と訴える水沢さんは、「せめて校長先生が先生方に呼びかけてほしい」と加える。
「先生方は、校長先生のおっしゃることは守るんです。『物は大切にしましょう』『壊したらすぐ言いましょう』と呼びかけていただきたいですね。先生方も、児童にはこう指導しているはずなのですが」
学期途中の予算申請、提出期限の超過…事務職員を軽視の現実
時間に対するコスト意識にも、疑問を持つ。
「話せば相互理解が深まると考えているのかもしれませんが、会議の1つの話題が非常に長いんです。例えば、『夏休みに何を持ち帰らせるか』を学年ごとに1つずつ挙げていって何十分もかかるので、私は職員会議への出席は最小限にしています」
会議ならともかく、職員室での“おしゃべり”も目立つという。児童やその家庭事情に関する話題もあるが、個人情報を声高に交換するのはコンプライアンス上もいささか問題だろう。
こうした意識は事務処理にも表れる。例えば経費精算では、移動は基本的に公共交通機関のみなのに、「タクシー乗っちゃったんだよね」と後から報告されることもあると水沢さんは明かす。
「午前に出勤して午後に有給休暇を取った場合、公務員は帰路の旅費が出ないのですが、何度教えても帰路分を請求してきます。そして二言目には『私たち教員は金勘定が苦手だから』、です。もちろん、修正には手間もかかります」
小学校の教員は算数を教えるのだから、計算に弱いわけがない。「『まあ事務が何とかするだろう』と、事務職員を召使いか何かだと思っているのかも」と水沢さんはため息をつく。
「書類の提出期限は全く守ってくれません。期日前に再三伝えても効果はありません。ほかの教員と雑談をしていたので呼びかけると、『ちょっと今忙しくて……』と逃げられてしまうことも。『一緒にやってあげるから、今やりましょうか』と何度も声をかけてやっと提出してもらっています」
他方で、遠慮なく要望を突きつけてくるあたり“召使い扱い”が透けて見える。学校では予算編成を4月に行い、それ以降は動かせないにもかかわらず、随時消耗品や備品の購入に口を出したり、セミナー・講演会など費用がかかる企画を持ち込んだりする。
「『授業で使うので』と急に言われたり、当初は不要だと言っていた備品をやはりほしいと言われるのは日常茶飯事です。突然外部講師を招聘して、謝礼金の用意を求められることもあります。おそらく先生方は、直前にならないと何が必要かわかるわけがないと思っているでしょう。でも、区が学校におろす予算は決まってるし、使い途は4月に決めているので、急な変更は簡単なことではないんです」
もちろん水沢さんも、「子どもたちのために」と思えばこそ何とか奔走している。日々児童と向き合う教員が目先しか見えないのも理解できる。ところが、水沢さんの勤務してきた学校では、校長や副校長も同様に近視眼的になっているという。
「特に校長先生には随時予算執行の進捗を報告し、『講師を呼ぶなどの計画はありますか』と確認をとっています。しかし明確な回答を得られたことはありません。学校を経営する校長先生も、たった1年間の見通しすら持てていないのか……と思ってしまいます」
「定員1名」でブラックボックス化
校長の意識の低さはガバナンス不全につながる。実際、予算執行が滞れば、学校内だけでなく取引業者にも影響が出ることもある。納品したのに代金が支払われないとなれば、学校が業者側に訴えられてもおかしくない。
公立小学校では1〜3年程度に1回監査が行われる。こうした事態が明るみになれば、校長や副校長にはかなりのマイナスになるはずだが、形式上の注意にとどまっているのが現状だ。
「むしろ改善のため提出書類が増えたり、期日が前倒しされたりと、事務職員の負担が増えていきます。正規職員ならまだしも、病休中などで非正規の会計年度任用職員が対応する場合は、給料と負担があまりに割に合いません」
学校や校長によって仕事の進め方が変わるためノウハウは属人化し、「定員1名」のため新人育成もできない。この状況を打開する策として水沢さんが期待するのが、2017年に国が制度化した「共同学校事務室」だ。複数の学校の事務を共同で処理することで、事務の適正化・効率化を図る。ブラックボックス化を防ぎ、人件費の削減も可能だ。
「たとえ仕事をこなせても、やはり1人マイノリティな存在であることの精神的負担は大きい。管理職や教員に不当な扱いをされていても、誰も助けに入れないのです。共同学校事務室では、一人ひとりが『経理』『設備』など担当分野を持つので効率的ですし、ダブルチェックもできます」
予算を適正に配分し、計画的に必要な物を購入して、大切に使う。ごく当たり前のことが、子どもたちの成長を支えるはずの小学校で徹底されていない現実は重たい。水沢さんは「先生方には、事務が1人で働いていることを知ってほしい。私たちだけでは抱えきれない問題もあるので、『お金がないならこうしようか』と一緒に考えられる関係が理想です」と語る。
「子どもたちのため」と奮闘しているのは教員だけではない。「予算的に無理」と言ってしまえば簡単なところを、どうにか調整に動く事務職員の「歩み寄り」が報われるような対応が、教員にも求められている。
(文:高橋秀和、写真:kapinon / PIXTA)
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