学校現場の過酷な勤務実態が続々と明らかに

学校現場での教員不足が深刻化していることは連日各メディアでも取り上げられていますが、2021年に実施された文部科学省の「『教師不足』に関する実態調査」によると、小学校・中学校・高等学校・特別支援学校合わせて2500人以上が不足していました。

直近のデータでは、東京都で今年(23年)4月時点において約80人の教員の欠員が生じています。これは、昨年度の同時期より30人増で、その原因は、病気などによる休職者や定年前に退職する教員が想定より多く出たためとされています。

22年の日本教職員組合による調査では、教職員の平均時間外勤務が、過労死ラインとして知られる「月80時間」を大きく上回るなど、学校現場の過酷な勤務実態が続々と明らかになっており、私のところにも、綱渡りで日々を送っている先生の声が多数届いています。

確かに、過酷な勤務実態の中、本当にギリギリのところで踏ん張っている先生がたくさんおられるのです。しかも、学校教育をよくしていきたいという気持ちで前向きにチャレンジしてきた先生が、コロナ禍以降どんどん現場を去っていく様子に、日本の学校教育の未来はどうなっていくのかと、二重の意味で心配になります。

今回、そんなお一人で、公立小学校から通信制高校N/S高に転職をした方に話を聞くことができたので、なぜ転職をしたのか、働き方の変化、転職して感じていることなどを伺いました。

中曽根陽子(なかそね・ようこ)
教育ジャーナリスト/マザークエスト代表
小学館を出産で退職後、女性のネットワークを生かした編集企画会社を発足。「お母さんと子ども達の笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWeb連載まで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエーティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱。「子育ては人材育成のプロジェクト」であり、そのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」も運営している。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある
(写真:中曽根氏提供)

変えようという意思がない学校現場に疲れてしまった

今回お話を聞いたのは、館野峻さん(38歳)。公立小学校教員として15年間勤務した後、学校法人角川ドワンゴ学園N/S高に転職。現在N/S高オンライン通学コースのユニット長を務めています。

館野さんが転職を決意した理由は、「もっと子どもとの時間を取りたい。毎日を家族と笑顔で過ごしたい」ということでした。というのも、退職前の館野さんは、通常の業務に加えて、コロナ禍以降オンライン化担当として勤務校のICT化を進める先頭に立って仕事をしていて、残業は常態化。時には夜の11時まで残業をすることもあったのです。

当時、コロナによる一斉休校を経て、GIGA スクール構想の下、全児童に1人1台のデバイスが配られ、「今できることをやろう! これからの当たり前を実現しよう!」という文科省のメッセージも後押しになり、急ピッチで教育現場のICT化を進めようという機運が盛り上がっていた時期でした。

館野さんの勤務校では、ほかにICTに明るい教員がいなかったこともあり、館野さんに仕事が集中しました。しかし、本人も「せっかくのこの機会を生かして、できることをしていきたい!」と、普及に向けて頑張っていたのです。

公立小学校教員として15年間勤務した後、学校法人角川ドワンゴ学園N/S高に転職した館野さん。写真は公立小学校勤務時
(写真:館野氏提供)

館野さんは、以前より、これまでの日本の教育に課題意識を持ち、教育改革を進めようという思いのある人たちとつながり、学校外での活動を積極的に行っていました。実は、館野さんは、私がかつて開いていたこれからの教育を未来志向で考える対話の場・フューチャーセッションにも参加されており、それがご縁でつながったのですが、学校をよりよい場にしていくためには何ができるかを、真剣に考えていらっしゃる様子が印象的でした。東京都のプログラムでは、教職員大学院でコミュニティ・スクールの研究もされた勉強熱心な先生です。

そんな学校外の活動でつながった同世代の仲間たちが、コロナ禍に、それぞれの現場でICTを活用した取り組みをしている様子を見て、「自分の学校でも使っていきたい!」という気持ちが強かったと言います。そして、オンラインでの職員室の朝礼、職員同士のSlackの活用、学校ホームページを通して担任から児童へのメッセージ配信、卒業式のZoom配信など、その時にできることを実現していきました。

しかし、そうしたことが、一部の教員からは迷惑なことだと受け取られてしまったのです。それ以外の提案も、「前例がない。ほかの学校でやっていないから。ベテラン教員が使いこなせないから無理」という理由で却下されることも多かったのです。また、ICT導入への保護者の理解もまちまちで、なかなか思うように事が進まない状況に、疲れてしまったと言います。

「それも、自分の力不足だ」と謙虚に振り返る館野さんですが、当時はかなり追い詰められていました。その頃、子どもは1歳と4歳。もっと子どもたちと関わりたい、子育てに参加したいと思っても、時間的にも精神的にもできない状況でした。

文科省が掛け声をかけても、学校現場はすぐには変わらない。変わらないというより、そもそも変えようという意思がない現場で、孤軍奮闘するエネルギーが残っておらず、「このまま何年もかけてじわじわと変わるのを、一緒に頑張っていこう、という気持ちになれなかった」と言います。

公務員という安定を手放したが仕事も私生活も充実

そんな館野さんの周りでは、仲間たちが次々と現場を離れ、新天地で活躍をしている。そんな様子を見て、自分も変わりたいという気持ちが膨らんでいき、転職活動を始めます。

転職活動で最もこだわったのが、家族との時間を持てる働き方をすること。そして、次の時代に求められる学校像を実現している教育現場や教育産業を中心に、リサーチをしていきました。そしてたどり着いたのが、広域通信制高校で最も生徒を集めている角川ドワンゴ学園N/S高でした。

転職前の余裕のない暮らしとは打って変わって、家族との時間を持つこともでき仕事も私生活も充実しているという
(写真:館野氏提供)

現在の館野さんの一日は朝、子どもと一緒に朝食を取ってから、保育園に送る。9時から業務開始で、午前中3コマの授業を担当し、午後はユニット長としてミーティングやほかのスタッフのサポートなどを行い18時終業。子どもたちをお風呂に入れて、寝かしつけるまでの間、家族との時間を持ちます。往復の通勤時間も取られないし、残業もない。小学校教員時代には、家に帰ったらほぼ脱力状態。出勤途中でその日の授業計画を考えるという余裕のない暮らしとは打って変わって、仕事も私生活も充実した日常を送っています。

一方で、公務員という安定を手放したわけですが、それに対して奥さんも異論はなく、家族で一緒に過ごせる時間が増えたことを喜んでいるそうです。「退職前は、まったく笑えていなかったですから」という言葉が印象的でした。

N/S高での「オンライン授業」の実際

次に、オンラインの学校で行われている授業の様子を聞きました。館野さんが所属しているN/S高オンライン通学コースは、ICTツールを活用し好きな場所からネットの学び場に集い、対面形式のグループワークを繰り返すことで、主体性や行動力、課題解決力を身に付けることを目的としたコース(同校ホームページより)で、PBL(プロジェクト学習)・21世紀型スキルプログラム・グループトーク・プログラミング・英語を学びます。

館野さんが担当しているのは、社会の問題発見と課題解決を実践し、“やりたい”を見つけ社会とつながるPBL(プロジェクト学習)と、自分の感情やストレスを認識し対処するための回復能力や、他者と協同/協働するための社会技能、正解のない問題に取り組むための創造性を身に付け、日常生活や将来の目的に向けた活動において幅広くスキルを活用できることを目指す21世紀型スキルプログラムです。

館野さんが担当しているのは、日常生活や将来の目的に向けた活動において幅広くスキルを活用できることを目指す21世紀型スキルプログラム
(写真:館野氏提供)

オンライン教育の可能性について館野さんは、「それぞれの生徒の進度に合わせて学習を進める個別最適な学びは、十分できている。また、協働的な学びについても、情報共有の難しさはあるが、それ以上に、授業中の生徒の様子はリアルのときよりよくわかる」と言います。

よく言われることですが、オンライン上では、教員も生徒も同じサイズの画面の中で横に並ぶので分け隔てはないし、人前で話すのが苦手な生徒でもチャット機能を使えば、自分の意見を表明することもできます。リアルでないと教育はできないというのは、まったくの幻想なのでしょう。

館野さんは、リアルでやれていたような関係性や、場の温かさはオンラインでも十分つくれる。またN/S高の特徴は、置かれた状況や背景も違う生徒が、日本だけでなく世界中から集まってくること、教える側もさまざまな背景を持っているので、自然と多様性を学べ、社会につながる教育ができているところだと言います。

もちろん、オンラインにはオンラインの課題があるでしょう。それでも、これからの教育を考えたときに、先行事例として、既存の学校でも参考にできる要素はあるでしょう。館野さんは、「多くの人に、この学びのよさを知ってほしい」と言い、それがこの取材を受けた理由だと話してくれました。

職場環境としては、まだN/S高ができて5年。オンライン通学コースができて3年なので、さまざまな課題も出てくるが、そのたびに誰もが困らない環境を整えるためにどうしたらいいかという目線で話ができるのがよいと言います。

一個人としても、自分が働き方を変えたことで、家族に自分の仕事を見せることができている。子どもたちには、親が生き生きと楽しそうにしている様子を見せられていることが何よりうれしいと語ってくれました。

何より先生が心身ともに健康でいられる場であることが大切

最後にこれからの教育について聞くと、「学校はこれからよくなる一方だと信じている。でも、現状のスピード感を考えると、まだまだだと思う」という答えでした。館野さんと話していて印象的だったのは、「子どもたちのウェルビーイングを高めるためには、先生のウェルビーイングを高めることが大切。さらに言えば、家族のウェルビーイングにもつながっているのかという視点も大事」という言葉でした。

同じく元小学校教諭で、メンタルコーチとして活動中の中楯浩太さんにも話を聞きました。教員が置かれている現状について「公教育もいい加減何とかしないといけないと現場でもがきながら活動している人も多いのですが、いかんせん、挑戦へのハードルが高く、しがらみも強く、公務員としてのプレッシャーと日々の業務に忙殺され身動きが取れない状況にあるのだと思う」と中楯さんは言います。

当たり前のことですが、先生も一社会人です。それぞれの暮らしがあります。教員不足を補うために、待遇の改善や部活動の外部委託、学部生の早期採用など、いろいろな施策が検討され、手が打たれようとしています。それらはすべて大切なことですが、よい人材が集まるためには、何より先生にとって、心身ともに健康でいられる場であることが大切です。また、やりがいを感じられることも大切ではないでしょうか。

『モチベーション3.0』の著者ダニエル・ピンク氏も、変化の激しい時代に成果を出していくためには、そこに関わる人たちの「自主性」「成長」「目的」が大切だと述べていますが、まさに日本の教育を進化させていくためにも、意欲のある人たちの足を引っ張らない職場づくりをしてほしいなと思います。

子どもたちのウェルビーイングを高めるために、今できること。それは、先生のウェルビーイングが高められる環境を整えることではないでしょうか。そのためには、目先の改善も大事ですが、究極の教育の目的(何のために学校があるのか)を全員で共有できること。安心して挑戦ができるために、職場の心理的安全性が保たれること。教育に関わる人がやりがいを持てるように、一緒に子どもたちの学ぶ場をよくしていこうというまなざしで、周りも先生をリスペクトして応援することが大切なのではないかと感じました。

ギリギリのところで踏ん張っている多くの先生に、これ以上すり減らないで、子どもたちと向き合っていただけますように。

(注記のない写真:Luce / PIXTA)