公立校志向が強い地域で私立中学を新設する理由

2022年4月に開校を予定している金沢学院大学附属中学校。「特進コース」と「総合コース」の2コースでスタートする。中高一貫教育を行うべく附属中を新設する狙いについて、教頭に就任予定(現在、中学校設置準備室)の西念佑馬氏は次のように語る。

「金沢は、前田利家が入城したころから庶民教育に力を入れてきた街であり、古くから学都として知られてきました。21年度の『全国学力・学習状況調査』でも石川県は第1位です。そうした土地柄にあって、私たちも人材を養成する教育機関として地元に大きく貢献していきたい。そのためにも、かねて初等中等教育に参入したいという思いを持っていたのです」

西念佑馬(さいねん・ゆうま)
学校法人金沢学院大学企画部中学校設置準備室
2003年より教員として現在の金沢学院大学附属高等学校に11年間勤務。14年から現職、同大学の教育学科の設置認可申請業務などに従事。桜美林大学大学院大学アドミニストレーション研究科で大学経営を学んだ後、附属中学校の設置認可申請業務などに携わる。22年4月から金沢学院大学附属中学校教頭に就任予定

そして18年、金沢学院大学文学部に新たに教育学科が設置(22年度から教育学部を開設予定)されたことを機に、附属中新設の動きが本格化することになった。

「ただ、石川県は公立校志向が非常に強いエリア。高校受験では、私立校は受験日がすべて同じで1校しか受けることができず、公立受験の滑り止めという位置づけです。私立中学校に関しても現状2校しか受けられるところがなく、中学受験自体、なじみがない状況があります。そこに私たちは高い目標を持って、将来社会で活躍する人材を中学校段階から育成したいと考えているのです」(西念氏)

具体的には、「何かに秀でるような人材の育成」を目指す。そのために2つのコースを準備した。「難関大進学を目指す生徒には特進コース、将来アスリートや音楽家など専門分野に進みたいと願う生徒には総合コースを用意し、それぞれ将来活躍できるような下地を中学校段階からつくっていきます」と、西念氏は話す。

学校と塾がこれだけ一体化するのは日本初?

今回、大きな特徴となっているのが、学習塾のプラスティー教育研究所との提携だ。なぜ、塾とタッグを組むのか。

「もともと本学は部活動が強く、オリンピック選手やプロスポーツ選手を輩出するなど“スポーツの金沢学院”として知られてきました。中学開校に当たり、総合コースではその実績を生かせばいいわけですが、特進コースについてはどのような特徴を打ち出していくべきか腐心しました。その過程で紹介を通じて出会ったのが、プラスティー教育研究所代表取締役、清水章弘さんです」(西念氏)

清水氏は、東京大学在学中の20歳の時に同塾を立ち上げた。現在、東京、京都、大阪で教室を展開しながら、学校・教育委員会や塾・予備校など教育機関向けのコンサルティングも行う。実績豊富な清水氏だが、こう明かす。

清水章弘(しみず・あきひろ)
プラスティー教育研究所代表取締役
私立海城中学高等学校、東京大学教育学部を経て、同大学院教育学研究科修士課程修了。同社の創業以来、公教育支援を続けており、青森県三戸町教育委員会の学習アドバイザーや、京都府長岡京市立長岡中学校(文部科学省の研究指定校)の研究アドバイザーを務めてきた。12冊の著書は、累計40万部を突破
(写真:プラスティー教育研究所提供)

「難関大受験を目指すとなると、ライバルとなりうるのは首都圏の子どもたち。彼らは小学校高学年から基礎学力を定着させ、中学校入学段階でかなりの差をつけています。その中で金沢の子どもたちを難関大学に合格させる、しかも北陸を代表する誇りある進学校をつくりたいというお話でしたので、当初は正直難しいなと感じました」

しかし、教育アドバイザーの経験をフルに生かし、本格的な「学校・塾の一体型教育」を展開することを決意。現在、清水氏の学校への関与は、教科書選びから宿題の出し方、カリキュラム、授業のコンセプトづくり、入学説明会の広報活動など多岐にわたり、あらゆる施策について相談しながら決めている。

「これまでも塾が学校をつくるケースや、放課後に予備校の先生が来て授業をする学校内予備校という連携はありましたが、ここまで塾が学校に深く入り込んで強力なタッグを組むのは珍しいと思います。学校と塾が組んでも、文化が違うので対立することが多々あるのですが、学校や教育委員会のアドバイザー経験から対話が最も重要であることを学んできましたので、現場の先生たちとひざを突き合わせて対話を重ねることを心がけて進めていきました」(清水氏)

そのうえで、まずは学校と塾でカリキュラムを一本化した。例えば数学と英語はそれぞれ週5時間確保。そのうち各1時間を使って同塾の講師が先取りの予習授業をし、残りの4時間で学校の教員が学習の定着を図る体制にした。さらに外部の模擬テストにも対応できるよう、月2回は土曜日に校内で同塾の講師が応用・発展問題の演習を実施する。

「塾経営の経験から、1~2カ月くらい先の予習を塾で行い、少しだけ時間を空けて学校で復習する形が多くの子どもたちにとって学習効果が高いと感じています。今回はその形を学校内で完結できるようにしたい。だから、定期テストも共同開催。学校が8割を作問し、残り2割の作問と全体の監修を私たちが担います。これも日本初の取り組みかと思います」(清水氏)

中学校の教室は、金沢学院大学附属高等学校の一部を改修して作った

探究型授業やICT活用など新たな教育も強化

新たな取り組みとしては、「探究型授業」も準備している。金沢学院大学の教授陣と連携した「KGゼミ」では、身近な地域課題に地元企業と組んで挑むなど、問題解決型学習(Project Based Learning:以下、PBL)を想定。また、全クラスに対して月1回、清水氏が教壇に立ち、PBLを始めるための“頭づくり”も行う。「直近のニュースについて調べたり文章でまとめたりする中で、考える楽しさを知る時間にしたい。私もとても楽しみにしています」と清水氏は語る。

中学校の冬服

こうした学校・塾の一体型システムにより、「特進コース」では難関大進学を目指す。一方、「総合コース」では全員が部活動に入ることを想定。中高大と10年間の一貫教育で受験に左右されることなく、専門家の下でスポーツや音楽、美術などの得意分野に注力していく。いずれのコースも徹底した個別指導にこだわるため、定員は各コース35名だが、それを超える場合も1クラスの定員は変えず、2クラス体制にする考えだ。

ICTを活用した支援にも力を入れる。Chromebookを1人につき1台貸与してすべての授業で活用するのはもちろん、朝の健康確認や授業の課題配信なども行う。また、終礼時にはチャット機能を使って帰宅後にやることを宣言してもらい、その内容に対して担任が一人ひとりにコメントをフィードバックして支援。また、その宣言は保護者にも共有する。

学校設定科目として週1時間の「プログラミング」授業も実施する。中学校の担当教員と大学の教員が協力してカリキュラムを作成し、授業も一緒に行っていく。ジュニア・プログラミング検定も定期的に受験し、中学校3年次には「Python」を活用できるようにする。

寮を完備し、県外からの入学者も受け入れる

県外からの入学者も受け入れる方針で、2022年1月7日に行われる入試Ⅱは東京、愛知、大阪で開催する予定だ。そのため、寮も完備した。ここでの対応も手厚い。生活の場だけでなく、仲間との共同生活の中で人間性を育んでいく教育の場と位置づけており、寮生が自ら企画運営する寮祭や地域交流イベントなど、寮ならではの活動も大切にしていく。

寮のイメージ。毎日、学習室(50人規模を2部屋、35人規模を3部屋)で寮内学習も行う

また、毎日帰寮後に1時間半~2時間の寮内学習の時間を設ける。教員全員が当番制で対応するほか、金沢学院大学の学生にもチューターとして協力してもらい、寮内でも個別対応ができる体制を整える。さらに、定期的に対面あるいはオンラインによる特別講座も実施するという。

「中高6年の一貫校教育なので、私たちの新たな取り組みの結果が出るのは、だいぶ先の話になります。しかし、1年ごとに生徒たちがどのように成長していってほしいのか、私たちは明確な基準を持っており、そこに向けてまずは努力していきます」(西念氏)

清水氏は塾を立ち上げた頃から、学校をつくることが1つの夢だったという。その意味でも日本中が注目するような学校にしていきたいという。

「金沢でこうした取り組みができることに大きな意義を感じています。まずは公立優位といわれる金沢の状況を変えていきたい。東京などの大都市と比べると、今の状況は子どもたちにとって選択肢を狭めてしまうことになる。多様性の時代の中、ここに1つの新たな教育モデルを確立していくことで、日本の地方の教育に一石を投じたいと思っています」

(文:國貞文隆、注記のない写真は金沢学院大学附属中学校設置準備室提供)