世界で通用する「研究倫理についての理解」が求められている

AIやIoTなどの技術革新と国際化が同時に進む時代となり、自由な発想の下で主体的に創造的な活動をする力を身に付けた人材がますます必要になっている。こうした背景から文部科学省は、各教科等の学びを統合し、課題の発見・解決や社会的な価値の創造に向けて、教科等横断的な学習を推進する方針を示した。

現在、中等教育では、「総合的な探究の時間」 や「理数探究」など、生徒が自ら研鑽を積む探究の時間が設けられている。そこでの学習は、「課題を設定する力や探究の過程を整理し、成果などを適切に表現する力」が肝であるが、理数探究中心に「研究倫理についての理解」も学びの対象となっている。

その意味するところは、世界で通用する「研究倫理」の実践がない限り、身に付けた力も社会では生かすことが難しいということであろう。

筆者らは、APRINの活動として、「中等教育における研究倫理 基礎編」「同 実践編」「中等教育の研究倫理 探究指導のためのハンドブック」の教材作成に取り組んできた。その目的は、「研究を制限する」ことではなく、「生徒の探究・研究活動を守るため」だ。国際化が進む時代の中で、生徒が臆せずに探究活動を実施できるよう、生徒および指導者に向けて倫理面での学びを支援することにある。

ここでは、中等教育の研究倫理の置かれた状況と取り組むべき方向性について、率直な意見を述べたいと思う。

「指導者の知識不足」や「研究倫理教育の不徹底」で起こること

日本の研究者による社会的インパクトの大きな研究不正事例が、これまで文系・理系分野を問わず起きている。考古学分野では遺跡を捏造し新発見を装って旧石器の発掘が繰り返された事件、再生医療分野では実験データや観察画像を改ざんしSTAP現象を報告した論文不正事件などだ。

それにもかかわらず、いまだにあらゆる分野で研究不正は絶えない。研究倫理の考え方が十分には浸透していないためであろう。初等・中等教育時代より、研究倫理の考え方に少しずつでも触れ、身に付けていくことが必要だと思う。

中等教育の場では、2018年に高等学校学習指導要領(平成30年告示)で、選択科目「理数探究基礎」「理数探究」と必履修科目「総合的な探究の時間」が新設され、2022年度からすべての高校生が探究活動に取り組むようになり、多くの教員が指導に当たっている。

しかし、現時点で、研究倫理教育のあり方は教員間で十分には共有されていない。例えば、2024年5月に九州工業大学で行われた中高教員対象の探究指導法研修会「テーマの深化と研究倫理」(17校・教員41名<元SSH校1校、3名を含む>が参加)での教員の反応は、所属校で「生徒向け研究倫理教育を実施」が約1割、「教員向け研修を実施」がその半分程度だった。

また、大半の参加教員の関心は、テーマ設定の指導法であった。このことから、座学中心で大学を出た学会等の発表未経験の教員にとっては、「教えず導く探究の指導」は未知の世界であり、生徒との接し方で日々苦悩し、研究倫理教育まで手が回らないのが実態であると推察される。

これまで中等教育における探究活動のガイドラインに相当するものは示されておらず、中高生や指導教員が自ら関係法令等を探し遵守することが求められる状況だった。その結果、指導者の知識不足や研究倫理教育の不徹底が原因で、以下のような事例が起きている。

・学校内外における発表会で、著作権の許諾や引用が必要な画像等を無断使用

・科学クラブ等での継続研究で、先輩のデータや発見を適切な引用や許可を得ずに発表

・脊椎動物実験では実験動物の数や苦痛の軽減等の配慮が必要であるが、計画段階で十分な検討を行わず、動物実験委員会の承認を得ずに実施した研究を発表

・身近な環境から微生物を採取・培養する実験で、人に影響を及ぼす微生物が含まれている危険性を考慮せず、不適切な研究環境で実施

・事前に研究倫理審査委員会の承認を得ず、天然由来の物質を使った日焼け止めクリームの開発に取り組み、その効果を友人の皮膚で検証

・インフォームドコンセントの意味を理解せず、アンケート対象者が負担に感じる内容が含まれていないことを十分検討せずに、クラス全員に調査用紙を配り回答を求める

・フィールド調査において、事前に対象地域の慣習等を十分調べず、地域住民の神聖な場所での立ち入り調査

 

このような不適切な探究活動とならないよう、中高生に対する適切な研究倫理教育や指導教員対象の実効的な研修を学校組織として実施することが望まれる。

中高生の「国際的な科学コンテスト」でも見られる不正

自然現象の仕組みを解明し、それを応用することで、私たちの生活は豊かになってきた。そこでは過去の知識を基にさまざまな研究活動が行われ、さらに新たな知識の蓄積が繰り返されてきた。

こうした研究活動では、注意深い観察やデータ収集、適切な解析を通して得られた結果を誠実に報告することが前提となる。そのため、研究者は研究倫理にかなった行動をしていることが重要視される。探究学習を通した研究活動の機会がある中高生に対しても、以下のようなコンテストでの事例を見るとき、適切な教育がなされるべきと考える。

実は、人々が注目する国際的な科学コンテストの上位受賞対象の研究でも、捏造、改ざん、盗用といった特定不正行為が指摘されたことがある。過去の論文の画像データを盗用し、自らの研究に合わせて加工するといった事例だ。このような場合は、主催者よりコンテスト出場が取り消される。

一方、研究倫理の研究では、こうした自覚的な不正行為はごくわずかという指摘もある。つまり研究活動の中では、不適切な行為や好ましくない行為などの研究上の問題行為が自覚されず、その報告内容が知識の蓄積に影響を与えてしまうこともある。

とくに研究倫理に対する理解が未熟な段階の中高生が、自身の研究活動には問題ないと勘違いしてしまうことも多い。例えば、自分たちの仮説や期待に合致するように、都合のよいデータや結果のみを報告してしまうことがある。

その中には、野外で研究試料を採集する際に、意図的に大きいサイズのみを集めるという行為も含まれる。試料を採集する研究は、フィールドが近場にある中高生ならではの地道なもので、科学コンテストでよく見られる。しかし、意図的な試料採集が行われていた場合、ほかの研究者がその成果を発展させようとしても、大小さまざまなサイズの試料が見つかることで問題が発覚し、研究費や研究への時間が無駄になってしまう。

また、科学コンテストで自分たちの研究成果をアピールするため、研究データの結果を実際の範囲を超えて過大解釈し、結論を導く行為がある。研究で得られた相関関係について、ほかの要因の関与を検討せず、AがBを引き起こしたというストーリーで初めての発見だと発表してしまうことがある。

審査の過程で指摘されたとしてもすでに提出済みの研究概要がホームページで紹介されることも多く、高校生による新発見というアピール点のみが知識の蓄積として残される危険性がある。このような好ましくない研究活動の背景には、科学的根拠よりアピールを重視するプレゼン指導にも原因があるのだろう。

さらに、研究のアイデアや結果が、中高生自身のものなのか不明確な事例もある。大学や研究機関の専門家からの指導や助言は、研究の質を高めるうえで大切だ。一方、その内容が共同研究の内容であっても、中高生自身の研究として発表され、研究の主導権が誰にあるのか不明確なこともある。一部の国では、国の積極的なサポートにより特定分野の研究が集中的に行われ、国際的科学コンテストでその分野の上位受賞を繰り返す例も見られる。

「知的財産」への対応も必要な時代

18世紀の第1次産業革命から現代のIoT・AIに至るまで、人類の欲望に基づく社会の要請は時代とともに変化し、それを実現する科学技術は大きく発展を遂げてきた。本来は純粋な学問の追究が科学者の使命であったものが、今は科学の成果で社会に貢献することが強く求められるようになっている。

例えば、最近の公的研究費には、研究成果で日本の経済を再興することが暗に示されるようになってきた。最高学府であり教育・研究を主眼に置くべき国立大学の運営にも経団連の意見が反映され、産学連携の推奨や、企業で即戦力となるような人材の育成だけではなく、アントレプレナー育成までも求められるようになっている。

研究成果による起業は、以前は大きな研究成果を上げた教授が主体であったが、その担い手は若手研究者、さらに学生へと拡大してきている。そして、現在では大学入学前の生徒にまで広がっている。例えば、「東北大学発 地域課題解決 アントレプレナーシッププロジェクト」では、全国の高校生・高専生等を対象に、東北・新潟でのフィールドワークを通じてビジネス・アイデアを引き出し、そのアイデアを実行可能なビジネスプランとして落とし込むことで地域創生を図っている。

新しいビジネスプランには特許が要件となることも多く、中高生の研究成果発表においても、特許をはじめとした知的財産に対する理解が重要になってきた。中高生の場合、探究の授業であれ、部活動の成果であれ、研究成果を発表すること自体が非常に重要なので、発明を公表していないことを「新規性」として出願要件とする特許の考えとは相いれないものがある。しかし、技術革新と国際化が同時に進む時代では、中高生でも、研究不正などの研究倫理だけではなく、知的財産についてのあらましも学習することが望まれる。

研究倫理への取り組みの現状は十分とは言い難いが、国内の中高生向け科学コンテストや学協会主催のジュニアセッションでは、応募に当たり研究倫理テキスト学習を義務付けるなど、学校外からも取り組みが始まり、生徒そして教員へと徐々に浸透している。

アメリカで開かれる高校生を対象とした科学研究の国際大会「ISEF」を視察すると、参加者やその指導者らが、研究倫理・特許についても非常に熱心な様子を目にすることができる。このことは、生徒・教員らの社会とのつながりや知的財産についての意識が日本とは格段に違うことを示している。

世界には、自らのアイデアで大学院レベルの研究を発表し、アメリカの大学への進学や留学の奨学金獲得の機会と捉える者や、イノベーションの種として企業サポートを受ける機会と考える者もいるのが現実である。

APRINが作成した「中等教育向け教材」は、今の時代に求められる中等教育の研究倫理に加えて知的財産の初歩を誰もが学ぶことができるよう無料公開されているので、ぜひとも参考にしていただきたい。

【執筆者】
・岩本光正(APRIN委員長/東京工業大学 名誉教授)
・進藤明彦(APRIN委員/鳥取大学 教育支援・国際交流推進機構 准教授)
・村本哲哉(APRIN委員/東邦大学 理学部 准教授)
・西條芳文(APRIN委員/東北大学大学院 医工学研究科 研究科長)

参考文献
・STEAM教育等の各教科等横断的な学習の推進について(⽂部科学省初等中等教育局教育課程課)
・高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 総合的な探究の時間編(文部科学省 平成30年7月)
・高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 理科編 理数編(文部科学省 平成30年7月、令和3年8月一部改訂)

 

(写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/ PIXTA)