プログラミングの知識は、まったくなかった
2020年の「M-1グランプリ」で第16代王者に輝いたマヂカルラブリー。そのボケ担当である野田クリスタルさんはお笑い芸人のほかに、ゲームクリエーターとしての顔を持つ。「M-1」に先立って行われた「R-1ぐらんぷり」では、自作ゲームの実況中継をネタに優勝しているから、野田さんといえばゲームというイメージを持つ人も多いかもしれない。
そんな野田さんはどうやってプログラミングを学んだのか。まず興味を持ったきっかけについて次のように語ってくれた。
「お笑いライブで漫才以外に芸を披露する場があって、そのときゲームを出したら、盛り上がるんじゃないか。そう思って、プログラミングのやり方を調べ始めました。で、頑張って作っていたら、本当に作れてしまったんです(笑)」
当時、野田さんは25歳。芸人としての知名度はあったものの、ブレークしているというほど売れていたわけではなかったという。プログラミングに関する知識は、まったくなかった。
ただ、子どもの頃からゲームが大好きで、一時はネットゲームにはまりすぎて「ネトゲ廃人」を自覚することもあったという。高校時代からプロのお笑い芸人を志していたが、外向的な性格ではなく、どちらかといえば引きこもり体質。仕事が終わっても、無駄話をしているなら早くウチに帰ってゲームをしたいというタイプだった。
あくまでゲームは趣味だが、世界が驚くようなゲームを作ってみたいという夢はあった。もちろん現実を知れば、それは無理だとわかる。でも、ちょっとしたゲームなら、自分でもできるかもしれない。そう思って、とにかく取り組んでみたという。
プログラミングは、脳みそも育てていると実感する
「まずはどのプログラミング言語なら、自分の作りたいゲームを作れるのか。初心者がやっていく工程から調べ始め、その工程どおりに順を追って取り組むことから始めました」
野田さんが選んだプログラミング言語はHot Soup Processor(HSP:ホットスーププロセッサー)。このHSPは初心者でも自作でゲームが簡単に作れる開発環境を提供しているのが特徴だ。通常、こうしたプログラミング言語を学ぼうとすれば、関連書籍などを1冊購入して勉強するという人が多いかもしれないが、野田さんの場合、のちのち読んでみたものの、結局、参考書のようなものはほとんど使わなかったという。
「自分では勉強したつもりはないんです。プログラミングを学びたいからゲームを作るのではなく、ゲームを作るためにプログラミングをする。とにかくゲームを作るために、どうすればいいのか。その一心で、プログラミングを学び始めたのです。最初はネットでHSPを検索にかけて調べることから始めました。そして、わからないところはネットの質問板でしつこく聞く。いわば、プログラミングをする中で、疑問点や不明点をどうやって解決できるのか。ゲームを作っていく段階ごとに自分で調べていったんです」
実際にプログラミングで使ったものはパソコン1台だけ。予算はゼロで1円もお金をかけていない。とはいえ、実際のプログラミング技術を習得するのは大変だった。
「高校時代からお笑いをやっていたものですから、勉強はほとんどしていません。プログラミングをしていると勉強は知識だけでなく、脳みそも育てていると実感します。ですから、僕の場合は、考えること自体が大変でした。考えてもわからない。なぜこうなるのかがわからないんです」
しかし、野田さんにはライブ当日までにゲームを作りたいという強い気持ちがあった。「ゲームはできませんでした」とは絶対に言えない。だから、無理やりにでも自己流でゲームを作った。それがよかったという。
「悪戦苦闘した結果、完璧ではないんですが、ある程度完成形に近いゲームを作ることができました。そのとき自力でゲームを作ったことで全体像がわかるようになったんです。そこからは、割とどんなゲームでも作れるようになりました」
プログラムに欠陥があっても、とにかく最後まで作ってみる
野田さんは、今もゲーム作りを続けている。その過程で一度、難しすぎて作れないゲームに出合った。しかし、野田さんはほかに何本もゲームを作る中で、改めてそのゲーム作りにチャレンジしてみると、作れたという。
「仕事の合間にゲームを作っていますが、ゲーム作りは途中で投げ出さないことが肝心です。プログラムに欠陥があってもいいので、とにかく最後まで作ってみる。そうすると、後でわかることがあるんです」
今、小中学生にプログラミング学習が必修化されることについて、野田さんはどう思っているのだろうか。
「プログラミングする感覚は独特なものです。プログラミングをしていて学んだのは、人間同士は本当に説明不足でコミュニケーションを取っているということです。例えば、人間なら『ジュース、買ってきて』で通じますが、プログラミングでは『まずは立ち上がって』から始めて、何から何まで説明しなければなりません。ゲームでは画面に現れるものすべてをプログラミングで作っている。それはすごい衝撃でした。プログラミングの勉強は、英語のスペルを覚えるようなものではありません。どうやってゲームは動くのか。その背景にある構造や論理を学ぶことが重要なのです。僕もプログラミングを学ぶことで、結果として、自分が生活するうえで予測してあらかじめ準備するという考え方ができるようになりました」
野田さんは、プログラミングは勉強ではなく、楽しいものと捉えたほうがいいと言う。
「テストにしてしまうと、その楽しさがわからなくなってしまいます。プログラミングはパズルをやっているようなもの。あるいは文字で工作するようなもので、本当は楽しいものなのです。僕も子どもの頃からものづくりが好きなタイプでしたが、誰でも好きなものなら、考えること自体が楽しくなるはずです」
そのためにもプログラミングの授業では、子どもたちが自分で楽しめるものを作ったほうがいいとアドバイスする。
「課題を与えるよりも、何でもいいから作ってみることです。本当にプログラミングは何でも作れるんです。ゲーム以外でも何でも作れます。これまでこの世になかったものを自分の手で作れるわけですから、ワクワクします。プログラミングは『何でも作れるんだよ、それって楽しくない?』ということだと思うんですよね」
さらに、こうして自分で作った作品を披露できる場所があることが大事だと話す。実際、野田さんも自作ゲームをアプリでダウンロードできるように公開していた。「ブロックくずして」は、ダウンロード数で2位にまでなったが、広告の入れ方がわからず、トラブルが起きたときもユーザー対応ができないために無償で提供していたことから、一銭にもなっていないという。だが、「自分でできる範囲で作品を作って、作ったものを披露できること自体がアイデンティティーになっている」と野田さんは話す。
そして、21年4月下旬にはNintendo Switch(ニンテンドースイッチ)から野田さんが企画したゲーム「スーパー野田ゲーPARTY」が発売される予定だ。自身でプログラミングはしていないものの、芸人として初の試みとなる。
「クラウドファンディングで作ったので、ゲームには知らない出資者がたくさん出てきます。こんなに知らない人が出てくるゲームは史上初でしょう(笑)。まだやりたいことはたくさんあるので、売れてくれるといいんですが。芸人としての目標ですか? ほどよく売れて、あとはゲームをして暮らしたいですね(笑)」
(撮影:梅谷秀司)