“動画作り”ではなく“映像制作”という意識づけを
TikTokやYouTubeなど、今や若年層の間では自分で動画を撮って広く共有することが当たり前になっている。また、大学のAO入試や企業の採用選考においても、自己PR動画の提出を求めるところも出てきており、動画作りは一般的に身に付けるべきスキルとして広く浸透しつつある。そんな動画作りは、学校教育の現場においても有効な題材だという。
さまざまな学校で動画制作を取り入れた授業の提案、アドバイスを行う映画監督の山﨑達璽氏は、こう話す。
「授業では、ぜひ“動画作り”ではなく“映像制作”をしているという意識づけを行ってほしいと考えています。子どもたちにとって、もはや動画を見たり作ったりというのは日常的な娯楽です。そこと一線を画すためにも、“映像”というワードに変換して、テーマやメッセージなど、狙いがはっきりした作品を大きなスクリーンで第三者に見せることを目標に制作することをお勧めします」
どんな映像を作るのがいいのか。山﨑氏が勧めるのは、ドキュメンタリー制作だ。テレビ番組でいえば「情熱大陸」や「ザ・ノンフィクション」「ガイアの夜明け」のようなもの。映像としての美しさというより、テーマやメッセージを伝えるためにリアリティーや臨場感を追求するもので、映像制作の第一歩として取り組みやすいという。
とくに、ドキュメンタリー制作は探究活動に適しており、5つの力が身に付くと山﨑氏は話す。「協働作業ができる」「他者に興味を持つ」「実社会とつながる」「メディアリテラシー」「学び続ける」力だ。
「グループでの映像制作は、明確なゴールを設定してスケジュールを管理しながら、役割分担をして協働で作業を進めなければなりません。しかも、ドキュメンタリー制作には必ずインタビュー取材が必要になるため、自然と他者に興味を持つきっかけもできる。取材依頼や撮影場所の確保では、電話やメールをしたりと交渉の必要も出てきますので、実社会と積極的につながっていくことにもなります。
さらに、映像制作を進めるには新たなインプットが必要です。撮影においても編集においても、作り手による情報の取捨選択があることを知る、つまり情報をコントロールして発信する立場を経験することで、氾濫する情報の中から真偽を見極める鑑識眼を養うことができるようにもなる。また、その繰り返しによって好奇心や物事への興味が深まるとともに、子どもたちの視野が広がったり、積極性も高まり、つねに学び続けなければならないことを自覚できるようになります」
「ドキュメンタリーを制作する」授業の進め方
実際、授業はどのように進めればいいのか。全体のフローは、以下のとおりだ。
まず「STEP1 課題の設定」ではテーマを決め、完成形の仕様から撮影や編集の条件、発表形態を共有する。例えば、「コロナ禍の思い出を記録する」をテーマに5分の映像を制作し、できたものはプレゼンテーションとセットで、スクリーンで上映するなどだ。次に、撮影は2日を目安にインタビューをベースにまとめること、ナレーションはなし、BGMは本編の3分の1程度にするなどの条件も、あらかじめ設定しておく必要がある。写真や楽曲など、権利許諾の考え方も説明しておくとスムーズ。その後、3人1組などグループ編成を行って役割を分担、スケジュールを組んでいく。
「STEP2 情報の収集」では、各自が取材候補者をリサーチして話し合い、対象者として決定する。「STEP3 整理・分析」では、実際にどこでどんな人や物を撮影するのか、BGMはどこに入れるか、インタビューの問答を含めた「構成台本」を文字で書き起こす。それを基にインタビューの撮影、インタビューの文字起こしをして要点整理を行う。さらに内容に合わせたイメージカットの挿入を検討して撮影。「構成台本」に加筆修正しながらブラッシュアップしていく。
「STEP4 まとめ・表現」では、まずすべての撮影素材(クリップ)を確認し、不必要なものを削除して、使用する素材をタイムラインに沿って並べる。最初から再生しながら、「構成台本」と照らし合わせて長さを調整したり、順番を入れ替える(iMovieでの編集方法は「『協働的な学び』動画作りで簡単に実践できる訳」を参照)。おおよその流れが決まったら、オープニングやエンディング、BGM、テロップを挿入する。全員で何度も試写をしながら編集の細部を詰めていく。
「STEP5 ふりかえり」ではクラス全員で発表を行う。場所は、講堂やホールなど非日常的な空間で実施し、映像のプロやゲスト審査員など先生以外の観客を呼べると緊張感が出ていいという。さらに映像制作の5つの力が身に付いたか、その意識づけができたかどうかの確認につながる内容を目指す。
ドキュメンタリーのサンプルは、以下のとおり。「コロナ禍の思い出を記録する」をテーマに、TMS 東京映画映像学校の学生が大学生経営者に取材してまとめたものだ。
探究活動にドキュメンタリー制作がお勧めな理由
映像制作を通じた探究活動のイメージはできただろうか。実際、こうした映像制作を学校のカリキュラムに取り入れている学校もある。
例えば、山﨑氏が協力した小中高一貫の国際バカロレア認定校・ぐんま国際アカデミーでは、LGBTQやコロナ禍の観光地など社会的なテーマを中心に制作に取り組んでいる。
「高校1年生が4人1組で自ら取材撮影を行います。週2時間の通年必修授業で、10分程度に完成させます。先生はあえて取材対象の選定や撮影のお膳立てなどはせず、生徒の主体的な取り組みを重視しています。子どもたちはやる気になれば、やりきる力があるのです」
ドルトン東京学園では「アート×職業体験」をテーマに、美術科とキャリア教育の横断的なプログラム開発を進めているという。期間は1~2カ月。中学2年生が、取材対象である会社や店の「仕事を知る」だけでなく、プロモーション映像制作という「仕事をする」。それらを通じた探究活動を目的としている。
一方、長野県のフリースクールOZ Field(オズフィールド)では、スクールでの日々の活動を自分たちで映像として記録し、定期的に保護者たちに披露する。そこには映像を通知表代わりにしようとする狙いもあるという。
「いずれも正規の授業で課題解決型のしっかりとしたドキュメンタリーを作っています。もしこうした事例をハードルが高いように感じるのなら、学校やクラス紹介、部活動のPRのようなものでもいいのです。映像制作をやろうとなると、現場の先生の心配事は、機材をそろえることとアプリの使用法ばかり。機材については支給されたタブレットでも、普段使っているスマホでも十分にできる。カメラや編集アプリの使用法については、生徒は知っているし、きっかけやコツ(あらかじめ完成形をイメージした構成を作るなど)を与えれば自分たちでどんどん調べて使えるようになる。いずれも高価だったり専門的でなくても、ドキュメンタリーの場合は、『荒削り』がリアリティーや臨場感につながるから、心配は無用です」
こうした映像制作の授業において大切なことは、子どもたちの自主性に任せること。そもそも子どもたちが大好きな動画だ。任せれば、成功する確率は高くなっていくと山﨑氏は指摘する。
「しかも、うまくいった事例を見ていると、先生は必ずしも作品の出来では評価していません。一連のプロセスや報告がしっかりできているか、5つの力が身に付いているかどうか。そこを評価しているのです」
現在、映像制作を導入している学校は私立校が中心だが、山﨑さんの元には教育委員会からも協力してほしいという要請が続々と届いているという。
「あくまで先生が主人公となって映像制作を実践すべき。映像のプロが子どもたちの前に立って指導すればヒーローになり、スポット的なイベントとしては盛り上がりますが、定着はしません。さらに私は公立校こそ、映像制作を導入すべきだと思っています。公立が変わらなければ、日本の教育は変わりません。何ができるのか。何が起こるのか。まだ見えない部分もたくさんあります。しかし、学校現場での映像制作はまだ緒に就いたばかり。まずは成功事例を作ることが必要です。ICT教育の可能性を広げていくためにも、映像制作の最初の一歩を踏み出してほしいと思っています」
映画や映像の仕事から教育にもフィールドを広げる山﨑氏。映像を仕事とする人間として、子どもたちに映像制作を通して最終的に学んでほしいことがあるという。
「子どもたちには審美眼を養ってほしいのです。多種多様な映像がある中で、世界に発信すべきもの、後世に伝えるべきものは何かを自ら見極められる人間になってほしい。それが結果として、日本の文化や芸術の向上につながっていく。そう考えています」
(注記のない写真はドルトン東京学園中等部・高等部提供)