学校での学びが、リアリティーに結び付いていない

世界各国の子どもの学力を測る調査としては、代表的なものにPISA(ピサ Programme for International Student Assessment)とTIMSS(ティムズ Trends in International Mathematics and Science Study)がある。

PISAとは、OECD(経済協力開発機構)が読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野について、2000年から3年ごとに行っている国際的な学習到達度調査だ。日本からは、高校1年生が参加している。最新の2018年度調査では、日本はOECDの加盟国の中で数学的リテラシー、科学的リテラシーで世界トップレベルだったものの、読解力は前回調査の6位から11位へと大幅に低下。また、学校の授業でデジタル機器を利用する時間が最下位だったことが大きな話題となった。

一方、TIMSSは、オランダに本部のある国際教育到達度評価学会(IEA)による算数・数学と理科の調査だ。1964年に初めて実施され、95年からは4年ごとに調査が行われている。TIMSS2019には、58カ国・地域の小学校、39カ国・地域の中学校が参加。調査の対象となるのは、「9歳以上10歳未満の大多数が在籍している隣り合った2学年のうちの上の学年の児童」と「13歳以上14歳未満の大多数が在籍している隣り合った2学年のうちの上の学年の生徒」とされており、日本からは小学校4年生・約4200人(147校)と中学校2年生・約4400人(142校)が参加した。TIMSSには学力調査と併せてアンケート調査もあるのが特徴で、今回から筆記型調査とコンピューター使用型調査を選択することができるようになり、日本では筆記型で調査が行われたという。

日本の順位は、小学校の算数が5位、理科が4位(前回は5位、3位)、中学校の数学が4位、理科が3位(前回は5位、2位)という結果になった。前回調査と比較すると、いずれも5位以内と高い水準を維持しているものの、平均得点が小学校の理科が569点から562点に有意に低下、中学校の数学は586点から594点へと有意に上昇した。

アンケート調査では、小学校・中学校ともに「勉強は楽しい」と答えた割合が算数・数学、理科ともに増加したが、その割合が国際平均を上回っているのは小学校の理科のみで、ほかは国際平均を下回っていた。

東京大学大学院 教授の山内祐平氏は、前回調査より「勉強は楽しい」と答えた割合が高まったことを学校現場の努力と評価する一方、国際平均を下回ったことについて「学校での学びが、リアリティーに結びついていないからではないか」と指摘する。

東京大学大学院 教授 山内祐平
大阪大学人間科学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科博士前期課程修了。博士(人間科学)。茨城大学人文学部助教授、東京大学大学院情報学環准教授などを経て2014年から現職。「学習環境のイノベーション」を研究テーマとしている
(写真提供:山内氏)

「今回の調査では、砂漠の絵を見せて生き物と生き物でないものを選ばせる問題がありましたが、その正答率が低かったのは象徴的な出来事でした。日本の子どもになじみがない砂漠だったことも影響しているでしょうが、基本的に学校では、理想的でモデル化された問題の中で正答を見つける授業を行っています。そのため現実に近い “きれいな状態ではないもの”から正答を見つける経験値が低い。『勉強は楽しい』と答えた割合が国際平均以下なのも、今学んでいることが日常生活や将来に使われるという認識が十分ではないからではないでしょうか」(山内氏)

だが、現実の世界と文脈づけて学ぶには、教科ごとに教えていては限界がありそうだ。STEAM教育を研究する山内氏は、教科横断的に学びを進める利点についてこう説く。

「もともとSTEAM(Science、Technology、Engineering、Art、Mathematics)は、STEMから始まっていますが、数学や理科の応用としてテクノロジーやエンジニアリングが位置づけられています。理科や数学が自分の将来とどう関わるのかについて考えるうえで重要なのが技術や工学であり、ここにイノベーションを創出するために重要な概念として、芸術あるいは教養であるアートが入ったわけです。

とくに現代的な課題は、はっきりと答えがわからないものが多い。はっきりと正答が出せる数学や理科と違うタイプの授業を行う必要があると考えています。STEAMのような教科横断的な学びは、物事を重層的かつ多面的に見る力がつく。そうした授業を教員一人だけで行うのは難しいにしても、学校全体で取り組んだり、外部の専門家と協力するなど、現実世界と文脈づける実践を重ねていけば、算数・数学や理科が自分の役に立つことやその楽しさが伝わると考えています」

シンガポールがトップを独占する理由

TIMSS2019の成績を世界各国で比較してみると、シンガポールが小学校中学校の算数・数学、理科ともにトップを独占していることに気づく。シンガポールはPISA2018においても、全参加国中すべてで2位という結果を残している。

シンガポールの教育事情に詳しい山梨県立大学 教授の池田充裕氏は、「シンガポールは数学、理科ともに高度な学力を持つ層が他国に比しても厚くなっている。一方、低学力層においても、学力の改善傾向が顕著であり底上げにも成功している」と説く。

確かに得点別の割合を見てみると、例えば中学校の数学では625点以上の高得点層が日本は37%であるのに対してシンガポールは51%。理科では日本が22%で、シンガポールは48%と日本を大きく引き離している。参加国全体でも、シンガポールは数学・算数と理科の両方で、小学校、中学校ともに625点以上の高得点層、それに続く550点以上の割合の合計が最も高かった。また中学校の数学で高得点層が半数を超えたのはシンガポールのみだった。

山梨県立大学 人間福祉学部 人間形成学科 教授 池田充裕
筑波大学第二学群人間学類(教育学専攻)卒業。筑波大学大学院博士課程教育学研究科単位取得満期退学(修士〈教育学〉)。専門は比較教育学、国際教育学
(写真提供:池田氏)

「とくに算数・数学では推論スキル、理科では探究スキルに関わる設問で得点が高いことから、児童生徒が算数・数学や理科の課題に対して興味や見通しを持って学び、学習意欲を高めるような授業方法が浸透していることがうかがえます。実際『算数が好き』『理科が好き』といった学習意欲の面でも国際平均を上回っています」(池田氏)

シンガポールでは小学校教員であっても、養成段階から担当する専門教科が3教科に限定されている。しかも、現場教員には毎週、教材研究やチームでの授業改善活動の時間が与えられており、充実した教材作りと魅力的な授業をつくるための基盤になっているという。

日本の小学校でも、2022年度に教科担任制の導入が予定されているが、ただでさえ日本の教員は諸外国と比較して労働時間が長く、それが教材や授業の質、また学力向上にどう直結してくるかは現状では不透明だ。またアクティブラーニングやICT教育への取り組みという点で見ても、シンガポールは日本より対応が早い。

「日本でも、今回の学習指導要領から『主体的・対話的で深い学び』に力点が置かれていますが、シンガポールでは17年からいち早く小学校1・2年生で必修教科として『アクティブ・ラーニング・プログラム(PAL)』を導入しました。学級担任が担当するPALでは、身体表現、アウトドア、スポーツ・ゲーム、美術制作の4領域での体験活動を通して学習意欲や協調性、創造性や探究力などを高め、教員との交流も深めながら、総合的な人間力の育成や学習活動全般の質の向上を図っています。

ICTを用いた教育環境も充実していて、シンガポールではコロナ禍においても、小学校から高校まで休業は1日もありませんでした。このような事態に備えて、以前から年に2回、在宅オンライン学習の日を設けて、子どもたちは教育省が準備した学習プラットフォームでオンライン学習の訓練を受けていました。昨年4月、ロックダウン措置が取られた際には学校が閉鎖されたものの大きな混乱はなく、小学生も保護者の支援を得ながら1カ月間在宅でオンライン授業を受けました」

もう1つ、シンガポールの教育における大きな特徴が習熟度別、能力別の学習システムだ。小学校高学年(5・6年)になると各教科で習熟度別クラスに分かれるのに加え、卒業時には国家試験として小学校卒業試験を受ける。その後、中学校では能力別クラスに分かれて異なるカリキュラム、教科書で学ぶのだ。

こうした制度には賛否両論があるようだが、一人ひとりの能力に合わせて学ぶことができることから、学習課題が適切となり、学びへの意欲が減退することなく学習に取り組むことができるという点では注目できる(24年度までに中学校でも教科ごとの習熟度別編成に移行する予定)。一方で、TIMSS2019では「算数の学習に自信がある」「理科の学習に自信がある」の回答は国際平均よりも低かったなど、成績と自信が結び付いていない点ではシンガポールにも課題はある。

今後日本では、学習意欲を高めるのに重要な「勉強は楽しい」と感じる授業をどう展開していくべきか。20年以降、日本でもさまざまな教育改革が進んでいるが、STEAM教育の視点やシンガポールをはじめとする各国の取り組みは大いに参考になりそうだ。

(注記のない写真はi-Stock)