ESDとは、「持続可能な社会づくりの担い手を育む教育」を意味するが、初めてこの教育を発信したのは日本だ。日本が提唱した「国連持続可能な開発のための教育の10年(2005年~14年)」の下、ユネスコ(国連教育科学文化機関)主導で世界的に推進されてきた。15年にSDGs(持続可能な開発目標)が国連サミットで採択されて以降、改めてその重要性が認識され、19年には「持続可能な開発のための教育:SDGs達成に向けて(ESD for 2030)」がユネスコ総会と国連総会で採択されている。

日本も提唱国として、ESDの推進拠点「ユネスコスクール」の加盟校を増やすなど普及に努めてきたが、新学習指導要領では明確に「持続可能な社会の創り手」の育成を掲げた。このことは、教育界にどのようなインパクトをもたらしているのか。15年以上にわたりESDを推進する手島利夫氏に話を聞いた。

学習指導要領史上、初めての「前文」

――学習指導要領の内容が大きく変わった背景についてお聞かせください。

今の日本は労働生産性も国際競争力も落ち、「THE世界大学ランキング」なども上位に食い込めていません。一方、アジア諸国が存在感を増している理由は教育の転換にあります。例えば2015年のOECD生徒の学習到達度調査(PISA)でトップだったシンガポールは、1997年ごろからコンピテンシーベースの教育、いわゆる資質・能力の育成に切り替えています。

日本は変われずに単なる学力向上だけを目指し続け、時代に取り残されました。そんな日本を立て直すため、中央教育審議会のメンバーなどさまざまな人が知恵を出し合い、懸命に作ってくださったのが、新学習指導要領です。

2005年以来江東区立東雲小学校長、江東区立八名川小学校長を歴任し、ユネスコスクールとしてESDカレンダーの開発やESDの推進に努め、両校ともに「ESD大賞」を受賞。14年ESD世界会議に参加。17年八名川小学校が「第1回ジャパンSDGsアワード特別賞」を受賞。ほか、「ユネスコスクールESD推進功労賞」など個人受賞も多数。07年以来、内閣府ESD円卓会議委員等の役職を務める。18年に退職し、現在はウェブサイト「ESD・SDGsを推進する手島利夫の研究室」をはじめ、講演や出張授業を通じて情報を発信中

――新たな教育のポイントとは?

実は、学習指導要領に「前文」が設けられたのは初めてのこと。前文には教育理念が示されており、全体で最も重要な部分といえるでしょう。とくに理解すべきは次の箇所です。

「自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる」

つまり、従来どおり「個人の成長」を重視しながらも、新たに「社会人としての役割」が加わったのです。まさにESDをやろうというわけです。

そのための学びの進め方が、「総則」に記載されています。総則には教育の質を高めるものとして「カリキュラム・マネジメント」(以下、カリマネ)という言葉が出てくる。要は教科横断的な視点です。総合的な学習の時間を中心に教科を横断的に組み立てて教育課程の編成を行い、実施に当たっては主体的・対話的で深い学びを工夫しようと書かれています。深い学びとは、行動の変容を促す学びのこと。実現するには、単元として長い時間を費やしてテーマを深めることが必要なので、カリマネが非常に重要になります。

また、今回は知識や技能の習得だけではなく、思考力、判断力、表現力、学びに向かう力、人間性等の育成を目標としており、ようやく新時代に必要な教育が強調される形になりました。

ESDを理解している教育従事者はたったの1割?

ところが、この新たな教育理念の重要性を認識している教育従事者は非常に少ない。最近、東京都のある自治体の全小学校の教育課程を調べましたが、カリマネの記述があったのはわずか1.4%。北陸地方のある自治体の全小学校でも8%と低かった。ESDに取り組むユネスコスクールは1000校を超えましたが、それでも全学校数の約3%ですからね。多く見積もってもESDに理解のある人は1~2割程度なのかもしれません。

――なぜ浸透しないのでしょうか。

校長でも担任でも、自分の専門教科や領域を中心に見がちであり、前文を読み込めていないのかもしれません。文部科学省のPR不足や報道の問題もありそうです。今はSDGsの普及でメディアもESDを取り上げ始めましたが、新学習指導要領が公示された17年は英語やプログラミングなどばかりを報道し、いちばん肝心の「持続可能な社会の創り手」には触れなかった。当時、大手新聞社は1社も取り上げなかったと記憶しています。

新学習指導要領への理解が進むよう、今年の9月にチェック表を作りました。重要語句はどれか、その語句は理念に関するものなのか、あるいは教育課程に関わるものなのかといったことが整理されており、各学校の教育課程の内容がどれくらい重要事項を網羅しているかが確認できます。校長が自校の教育を振り返る際や、教育委員会が現場を指導するときに役立ててもらえるとうれしいです。

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手島氏が今年9月に作成した「学習指導要領の視点から各学校の教育課程を見直す評価表」手島氏HPの2020年9月13日公開資料からダウンロード可能(提供:手島利夫氏)

コロナ禍はSDGsが示す課題そのものだ

――新学習指導要領は今年4月から実施が始まりましたが、コロナ禍と重なりました。

コロナ禍により今、教育現場は学力の保障や授業時数の確保ばかりに目が向いています。しかし、コロナ禍はまさにSDGsが示す課題そのもの。複数の問題が連鎖的かつ同時多発的に起きましたよね。健康や福祉の問題だけでなく、自粛による企業活動の低下が雇用や貧困の問題につながり、休校で教育も影響を受けた。自殺者も増え、社会が持続不可能な方向に進んでいる。こんな大災害のような経験をしてもなお、知識偏重の教育を続けるのでしょうか。

今こそコロナ禍を題材にするなど社会課題に目を向けさせ、事象を関連づけたモノの見方ができる子どもたちを育てなければいけません。今回のような複雑に絡み合った問題へ対応できる人材を育てるには、やはり主体的・対話的で深い学びとカリマネの2本柱が必要です。

ESDは成果が出るまで多少時間がかかります。しかし、江東区立八名川小学校では、7年間で文部科学省の全国学力・学習状況調査における算数の基礎的な知識・理解の問題が5.68%、活用能力の問題が18.22%も向上しました。学力は後からついてくるので、今すぐ腰を据えて新たな教育に取り組むべきです。

――改訂で「情報活用能力」も強調されましたが、ICTの活用についてはどうお考えですか。

ICTが大事なのは当然のこと。しかし、理念なしにスキルだけ訓練しても意味はない。知識を関連づけ、情報を自分で取りにいって精査し、データを作って人に話す。ICTはその中で使うツールです。八名川小では4年生にもなればパワーポイントはお手のもので、6年生は1人でもチームでも堂々と発表していました。しかし、それは自分たちが伝えたいことがあるからできるのです。ICTは表現手段の1つとして必須ですが、まず大事なのは子どもの学びに火をつけてあげること。コロナ禍により、ICT活用やデジタル化への対応にも現場は追われていますが、理念を置き去りに進めてはいけないと思います。

今チェックしておきたい小学校と教育委員会の好事例

――新学習指導要領をうまく取り入れた好事例はありますか。

私が相談を受けている学校ですが、伊豆大島にある大島町立つばき小学校の学習指導案がすばらしい。以下は5年生の学習全体の系統性を示したもので、教科を横断するだけでなく、4年生と6年生の学びとのつながりも考えられています。

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5年生の学習指導案の一部。学習全体の系統性を示している(提供:大島町立つばき小学校)
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手島氏が開発したツール「ESDカレンダー」を応用して年間の学習のつながりを可視化(提供:大島町立つばき小学校)

ESDカレンダーを見ると、総合的な学習の時間に「大島の地形と人々のくらし」や「安全・安心な大島」といった地域課題を据え、そこを核に教科をつなげ単元を作っているのがわかります。これぞカリマネです。ほか、評価規準も新学習指導要領を踏まえており、随所でSDGsとの関連も示している。この指導案は私のHPでも見ることができます。

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手島氏が開発したツール「SDGs実践計画表」も活用し、全学年の学習内容とSDGsの関連性も可視化(提供:大島町立つばき小学校)

教育改革を県がリードしている好事例は、大分県ですね。新学習指導要領の主旨を理解し、総合的な学習の時間を中心としたカリマネを進められるよう「大分県 総合的な学習の時間 全体計画例・単元プラン例」を義務教育課が発信しています。小3から中3までのプラン例が丁寧に提示されているので参考になります。

こんなふうに、学校は教育目標を見直し、教科横断的な学びを組み立てていきましょう。そして、教員は地域や企業とも連携しながら、子どもたちの学びに火をつけてあげられるような指導力を身に付けなければいけません。これはかなり難しい要求です。教員は経験したこともない教育をやれと言われているのですから。しかしここできちんと取り組まないと、学校が生き残れないどころか、この先の日本はないと思いませんか。この国や子どもたちの未来を考えたら今やるしかないでしょう。

校長や教育委員会には、新学習指導要領の前文や総則の意図を深く読み取り、子どもたちの未来のために、すべての学校で教育課程の改革を推進してほしい。文科省や中教審には、とくにカリマネの重要性について深い理解と実践が進むように、リードし続けていただきたいと思っています。

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、撮影:今井康一)