事務職員が注目されるようになった訳
2017年、事務職員の職務規定は「事務に従事する」から「事務をつかさどる」に見直され、これに合わせて「共同学校事務室」が制度化された。事務職員が注目された背景には、2つの政策課題があったと国立教育政策研究所の藤原文雄氏は説明する。
「1つは、子どもの資質・能力を育み、一人ひとりの豊かな人生を実現するという課題です。そしてもう1つが、教職員を取り巻く環境が厳しさを増す中で、教職の魅力を向上させるという課題です。要は、投入できるリソースが限られる中、教育水準の向上を図りながら教職員の勤務負担軽減を図るという、難しい政策目標を同時に実現することが必要とされたのです。こうした状況があり、学校で大きな負担となっている事務の改善が検討されました」
事務職員は、小中学校などで原則必置。22年度の学校基本調査によれば、学校の事務職員数は小中学校では1校当たり約1人、高校では同約4人となっている。公立の義務教育諸学校における給与は、都道府県や政令指定都市が負担しており、そのうち3分の1を国が負担している。
「もともと事務職員は、教員とともに、学校における『基幹的職員』という位置づけでした。その位置づけの下、教職員、事務職員がそれぞれ専門性を生かしてチームとして学校を運営すればパフォーマンスが上がるのではないか、また事務職員は、教員および副校長・教頭の事務負担軽減に大きく貢献できるのではないかといった期待から、職務規定が変更されたのです」
17年の学校教育法改正により、事務職員は教諭と同格の「唯一の総務・財務等に通じる専門職」とされ、職務規定は「事務に従事する」から「事務をつかさどる」へと変更、「校務運営に参画する」という役割も期待されるようになった。
・事務をつかさどる:一定の責任を持って事務を管理する
・校務運営に参画する:教育および学校運営について積極的に意見を述べ、運営の一部を担当する
(出所:藤原氏の提供資料)
「共同学校事務室」は「共同実施」と何が違う?
世界的には、事務職員は児童生徒の教育成果に貢献する「リソースマネジャー」といわれているという。
「例えば、ここ30年ほどで、英国などアングロ・サクソン系諸国では、学校運営事務の増大を受け、リソースマネジメントを担当するスクール・ビジネス・リーダーの雇用と専門職化が進んでいます。日本においても、人・物・金・施設・時間・信頼といったリソースを調達・活用して教育の質向上につなげていく『リソースマネジャー』としての活躍が期待されています。他国にも共通しますが、学校は教員が多数を占める専門職集団であり、事務職員はどうしても疎外されやすい面があるため、教諭と対等な専門職であることが明確に示された点は大きな意義があると思います」
しかし、事務を効率的・効果的に管理するだけでなく、組織運営や危機管理などの学校運営やカリキュラムマネジメント、地域連携協働といった校務運営への提案をも求められるとなると1人で仕事を回すのは難しい。そこで、共同学校事務室が制度化されたという。藤原氏は、以前からあった「学校事務の共同実施」との違いについてこう説明する。
「複数の事務職員が集まって共同で事務業務を行う『共同実施』は、1998年の中央教育審議会答申で提案され、各自治体が自発的に進めてきた取り組みで、法的根拠がなく責任者の権限や役割が明確でない組織も少なくありません。これに法的根拠を持たせ、室長を置いて事務職員の責任や権限関係を明確にして制度化されたものが、共同学校事務室なのです」
では、共同学校事務室を設置した自治体では、どのような成果が出ているのだろうか。
例えば、ある学校では、学年の会計担当にはクラス担任を持たない経験の少ない者や臨時的任用者が充てられることが慣例となっていた。そこで事務職員は、会計担当者の不安を解消するため、定期的なミーティングの機会を設け、担当者間で課題を共有して対応策を検討し、管理職の決裁後に職員会議で全職員に共通理解を図るという仕組みを構築。さらに、共同学校事務室を通じて各学校の会計担当者にも説明資料の共有化を図るなどして徴収金業務の改善を広げたという。そのほか、事務職員と教務主任が協働で、保護者対象の学校評価アンケートのウェブ化とデータ分析を進めて学校の課題解決や意思決定を支援し、その実践を共同学校事務室に共有したケースなどもある。
「共同学校事務室は、学校という枠を超えて課題を共に解決していくほか、事務職員のそれぞれの強みや経験をシェアして事務改善を広げる場でもあります。こうした共同解決により、工夫次第で事務職員の勤務負担軽減や意欲の向上が実現するというメリットもあります」と藤原氏は話す。
「共同学校事務室」の成果が出ている自治体の特徴
2019年に中教審が、学校・教員が担ってきた業務を3種類に整理して役割分担の明確化・適正化を促したこともあり、徴収金の徴収・管理、調査・統計への回答、学校行事の準備・運営などにおいて事務職員の役割の拡大は一定程度進んだが、「事務改善の加速化が必要だ」と藤原氏は指摘する。自身が研究代表者を務めた「共同学校事務室による学校事務改善の成果検証に関する研究」においても、さらなる改善の必要性が示唆された。
「共同学校事務室は、設置主体が市町村であり、現在、全市区町村の約4割に設置されています。都道府県レベルで見れば、共同学校事務室と共同実施が混在しているところが多いのが現状です。共同学校事務室の設置を推奨している県・市では成果が着実に出ており、事務処理の適正化、事務職員の人材育成については成果認識が顕著です。一方で、教員および副校長・教頭の事務負担の軽減については道半ばで、手応えを感じていない自治体は多く、まだまだ工夫が必要だといえます」
では、どのような自治体が成果を上げているのだろうか。教員および副校長・教頭の事務負担軽減については、都道府県よりも政令指定都市で成果を認識している割合が高く、「政令指定都市のほうが、指揮命令系統の仕組みから効率化を進めやすいのでしょう」と藤原氏は分析する。また、副校長・教頭の事務負担軽減について成果を感じている自治体の特徴については次のように語る。
「共同学校事務室のモデル案作成、室長を統括する総括事務長の配置、室長への研修、事務職員の権限の明確化、副校長・教頭から事務職員への事務の移行、教育委員会や行政部局での事務職員へのリーダー研修、事務職員の育成指標作成などを行っている県・市が、成果を感じている傾向がありました。この結果を見ると、教育委員会による戦略的な人事や事務職員のキャリアパスの明確化が大きなカギになるといえます。また、室長がマネジメントに力を注げるよう、室長の学校に事務職員をもう1人配置する加配措置も必要でしょう」
3つの都道府県の事務職員への調査からは、室長の適切なリーダーシップや助け合う文化のほか、校長の事務職員への期待、事務職員の知識やコミットメントなどの要因も事務改善において重要な要素であることがわかったという。このことから藤原氏は、「事務改善を中心とした働き方改革を進めていくには、教育委員会、事務職員、校長のジョイントアクションが必要であり、それぞれが役割を果たすことが成果へとつながっていく」と考えている。
事務職員は今後、多様な人材との協働もいっそう求められそうだ。23年8月末に文科省が公表した24年度予算の概算要求では、働き方改革の実現に向け、教員業務支援員や学習指導員の配置拡充のほか、新たに副校長・教頭マネジメント支援員の配置が盛り込まれた。22年度に実施した文科省「教員勤務実態調査」(速報値)でも、とくに副校長・教頭の在校等時間は長いことが明らかになっており、「事務の高度な管理を担う事務職員と、補佐を担うマネジメント支援員の協働により、副校長・教頭の事務負担軽減の加速や、本来のマネジメント機能の強化が期待できます」と藤原氏は話す。
一方、共同学校事務室を効果的に機能させるためには、事務職員の仕事の社会的な認知拡大も必要だという。
「事務職員は、公立小中学校に限っても3万人を超える大きな職業集団です。しかし、教育委員会の職員には一般行政出身者や教職員出身者が多く、学校の事務職員の仕事への理解が進んでいないことも課題です。事務職員がリソースを管理するという専門性を発揮しやすいように、権限をより明確化して戦略的人事をどんどん行っていくとともに、共同学校事務室の好事例を全国的にシェアしていく仕組みをつくるなど、事務職員が子どもたちにどんな貢献をしているのかを社会に発信していくことも重要だと思います」
(文:國貞文隆、注記のない写真:EKAKI/PIXTA)