一方で野菜に関しては、「かさが減ることでかえって食べやすくなる」という声も寄せられた。実際、筆者としても、野菜嫌いの子どもにとっては残食を減らす助けになると感じることもあった。 しかし、その一方で、野菜が好きでたくさん食べたいという子どももいる。残念ながら、それらの声すべてに応えることは難しい。
性別、体型、食欲、好みすらも異なる「みんな」で食べる給食において、まず何より優先されるのは子どもたちの「命を守る」安心安全の確保。そこに喫食者の嗜好や残食問題も絡み合う以上、どうしても「物足りなさ」が生まれてしまう側面があるのは否定できない。
アレルギー食材の複雑な混ぜ込みを避ける意味合いで、「クリームシチュー」や「具材入りのオムレツ」といった安価かつ見映えする献立を作りにくい背景もある。
ハンバーグやつくねに関しても、なるべく卵や乳などのつなぎを使わない調理が優先されるため、簡単にはかさ増しができず、どうしてもシンプルで素朴なメニューになりがちだ。こうした素朴さも、「貧相」だと捉えられてしまう要因かもしれない。
私がかつて勤めた保育園給食では、節約レシピでもお馴染みの豆腐、高野豆腐、厚揚げなどの大豆食品をよく取り入れていた。ただこれらは肉料理よりボリュームが出やすいものの、子どもたちの「人気メニュー」になることは難しかった。「厚揚げはもさもさして子どもたちには食べにくい」と指摘された経験もある。
予算、栄養価、ボリューム、見映え、そしておいしさ。これらすべてを両立させることこそが、給食現場における何よりの課題だ。
食材費の高騰と変わらない予算で失われる「彩り」と「おいしさ」
私が給食現場にいたころも物価高の波が押し寄せ、1円でも節約する方法を常に考えていた。物価高のニュースを目にするたびに気が滅入るが、給食の予算はそう変わらない。
「同じ予算では、昨年と同じ給食を提供できない……」献立の見直しが急務となったとき、真っ先に目を付けたのはみそ汁に入れる長ねぎや青ねぎだった。ねぎを抜いても栄養価にほとんど影響はなく、食材費をわずかに削ることができるからだ。しかし、仕上げに加えることで生まれるあの「彩り」と「風味」は失われてしまった。あっさりと削ってしまってよかったのだろうかと、今でもねぎを見るたびに思い出す。
魚や肉もなるべく安価なものに変えたらと考えたが、それも一筋縄ではいかなかった。子どもたちは想像以上にグルメで、素直だ。試しに魚を安価な種類に変更した日、山のような残食が戻ってきた光景は今でも忘れられない。肉においても当然、むね肉よりもも肉が好まれ、「少しでも安く」と変更するのは難しかった。給食を作る側も、子どもたちの笑顔と健康を守りたい想いは同じだ。
当時に比べ、食材費だけでなく人件費や光熱費までもが高騰する現代において、給食の質を保つ難しさは容易に想像できる。さらに近年広がる給食費の無償化に対し、「無償化のせいで質や量が下がって貧相になったのでは」と疑念の声も聞かれる。自治体の固定された予算枠のなかで物価高に直面すれば、現場の負担がさらに増すという懸念は拭えない。


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