狙った神経細胞の活動を光で自在にコントロールする「光遺伝学(オプトジェネティクス)」。2026年のノーベル生理学・医学賞には、この技術の開発に寄与した米スタンフォード大学教授のカール・ダイセロス博士ら3氏が選ばれた。
光遺伝学が脳科学にもたらしたインパクトはあまりに大きい。ダイセロス博士へのインタビューを含め、この10年ほど、折に触れ取材してきた筆者も、受賞を期待していた1人だ。
20年のノーベル化学賞はゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」を開発した2氏に授与されたが、クリスパーはその使い勝手のよさから瞬く間に世界中で使われるようになった。光遺伝学も同様に、脳科学に携わるほとんどの研究室で不可欠のツールになっている。
今年7月に86歳で他界した米マサチューセッツ工科大学の利根川進教授は、光遺伝学の威力に早くから気づいていた。
利根川教授は1987年に免疫学の研究成果でノーベル生理学・医学賞を受賞したが、その後、研究対象を脳に移した。光遺伝学の開発のごく初期からダイセロス博士との共同研究を進め、12年には共著で脳の中での記憶の仕組みに関するエポックメイキングな論文を発表した。ノーベル委員会の解説で「特定の記憶にどの神経細胞が必要なのかを最初に証明した」と紹介されている論文だ。
「利根川先生は当初から『これからは間違いなく光遺伝学の時代だ』と話し、カールのノーベル賞受賞を願っていた」
かつて利根川さんの研究室でポスドク(博士研究員)を務め、2人の交流をよく知る東京大学定量生命科学研究所の奥山輝大教授(行動神経科学)はそう振り返る。奥山教授もまた、光遺伝学を駆使し、社会性の仕組みに迫る興味深い研究成果をいくつも上げている。
従来法の欠点を克服
人体最後のフロンティアといわれる脳。ヒトの脳には、世界の人口の10倍以上にあたる約860億個もの神経細胞(ニューロン)があるとされる。神経細胞はそれぞれ数千個から1万個ほどの他の神経細胞とつながり、「シナプス」と呼ばれる接合部で信号をやりとりしている。途方もなく複雑なネットワークだ。
光遺伝学の登場以前にも、脳の領域ごとのおおまかな役割はわかっていたが、個々の細胞の活動が行動や機能にどう結びつくのかを調べるのは難しかった。
たとえば脳に電極を刺し、電流を流して刺激を与える方法では、周辺の神経細胞まで刺激してしまう。特定の神経細胞に働く薬を投与する方法だと、薬が作用するまでにタイムラグが生じる。特定の神経細胞がない遺伝子改変マウスをつくっても、もし他の神経細胞が機能を代替すれば改変の効果は表れない。
狙った神経細胞だけを瞬時にオン/オフできる光遺伝学は、これら従来法の問題を一気に解決した。
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