10月上旬に起きた「事件」が、数学と物理の研究者コミュニティを大きく揺るがしている。
10月7日(米国時間6日)、アメリカのオープンAIが、同社の未公開AIモデルが生成した722本の論文原稿を公開した(うち3本は誤りがあったとして撤回)。数学や数理物理学の未解決問題について、部分的な前進を含め372グループの成果が得られたと主張している。査読は経ていないが、一部は計算機による検証がなされている。
その中には、日本人研究者が先行研究を重ねてきた問題も相当数含まれていた。AI研究者・エンジニアのウィル・デピュー氏の分析によると、参考文献として引用された回数が世界最多だったのは藤野修・京都大学教授(代数幾何学)で、37本の論文で計120件引用されていた。
オープンAIは9月8日にも、米クレイ数学研究所が多額の懸賞をかける7つの「ミレニアム問題」の1つ、ナビエ・ストークス問題を解決したと発表し、世界を驚かせたばかりだ。
世紀の難問の「解決」をたたえる声がある一方で、大量の論文を一度に公開するやり方を含め、企業の姿勢を問題視する声も多い。
「数学界のノーベル賞」と称されるフィールズ賞の受賞者25人は9月11日、「AI企業が数学問題をベンチマークとして解決しようとする動きは、数学や数学コミュニティにとって有害だ」とする声明を連名で発表した。森重文・京都大学教授(1990年受賞)も名を連ねている。10月7日の論文発表は、名だたる数学者たちの批判にもかかわらず強行されたというわけだ。
「数学は歴史的な転機を迎えている」
オープンAIによると、ナビエ・ストークス問題は、約1万体の自律型エージェントが同時に稼働し、約88時間で解に到達した。一方、今回の大量の論文原稿については、成果1件当たりの計算量は、平均すると有料プラン(ChatGPT Pro)の思考時間の約3時間分に相当するとしている。同社の広報担当者は米科学誌サイエンティフィック・アメリカンに、ほぼすべての成果は、1つのAIエージェントに1回の指示を与えて得たもので、複数回の試行を要したものもあると説明した。
「今回の件は、数学やその周辺の学問が歴史的な転機を迎えていることを示す象徴的な出来事だ」。そうとらえるのは、物理学者の田崎晴明・学習院大学教授だ。オープンAIの大量論文の中には、田崎さんが40年近く前から取り組んできた未解決問題「ハルデン予想」を解決したとする論文も2本あった。
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