社員の着ていたシャツに一目ぼれ
由紀さんは子どもの頃、母の手作りの洋服をよく着ていたという。妹とおそろいのワンピースを着て家族でよく出かけたのは懐かしい思い出だ。
母は、ミキハウスから縫製の内職を自宅で請け負っていた。1983年ごろ、高校生だった由紀さんは、母のもとへ内職用の生地を持参する若い男性社員が着ていたベースボールシャツに一目ぼれした。
このシャツ、いわゆる「ミキハウスらしい」大きなロゴがない。そのさりげなさも由紀さんが気に入った点だった。さらに、シャツとしてだけでなく、ブルゾンやカーディガンとしても着られることが決め手になったという。
その場で「私もこれが欲しい!」と母に言うと、「じゃあ自分で買いなさい」と言われた。次に社員が自宅を訪れる際に持ってきてもらい、アルバイトで貯めたお金で購入した。母の社員割引が適用され、7000~8000円ほどだったという。由紀さんにとっては思い切った買い物だった。
「当時のアルバイトの時給は500円だったんです。近所のパン屋さんやコロッケ屋さんで学校終わりの17時から19時まで、毎日2時間くらい働いていました」
当時は今と違って、夜遅くまで営業している店が少なかった。それゆえ、頑張ってアルバイトをしても、多くて稼ぎは月に2万円程度。洋服は月に1枚買えるかどうか、という状況だった。
ミキハウスのシャツに一目ぼれした時点で「着回し」まで考えていたのは、買える服が限られていたからなのだろう。由紀さんも、雑誌を読みこみ、どんな服と組み合わせるかを日常的に考えていたという。
由紀さんは、苦笑混じりに当時を振り返った。「でもあの頃は、洋服を買う以外、ほかにお金を使うことがなかったんですよね」。
雑誌とお茶と洋服でバイト代が消えた高校時代
現代の若者は、携帯代やさまざまなサブスクリプションにお金がかかる。一方、1980年代の若者の生活はもっとシンプルだった。


※ログイン後、コメント入力が可能です。