亡くなった鈴木さんが所属していた事業所を取り巻く環境はどうだったのか。事業所に取材を申し入れると、「申し訳ありませんが、お話しできることはありません」という返事だった。
川口市内のケアマネはどのように感じているのか。事件のあった地域を管轄する包括を含め、周辺の30余りの事業所に尋ねた。大半が「事件のことは話せない」「忙しくて対応できない」という返事だったが、ごく少人数で運営する事業所を中心に、取材に応じてくれるところもあった。
その中で見えたのは、身近で起きた事件だからこそ、口にするのがはばかられる状況があることだ。
ある男性のケアマネは、「自分が担当していたかもしれなかった。生活の深部に関わる仕事だから、どんな背景で事件に至ったのかを知りたい。でも報道が短期間で収束し、因果関係がわからない。他のケアマネと話そうとも考えたが、興味本位と受け取られかねないので控えている。この感じは、他のケアマネにもあるのではないか」と語る。
別の男性ケアマネは、「正直怖い。自分はまだ若いけど、歳を取って逃げられる筋力がなくなったら、この仕事は続けられないと思った。市にはもっと独自のサポートをしてほしい。防犯ブザーは送られてきたけれど。市の呼びかけで、ケアマネと事業者が意見交換するような場が設けられることを期待したが、何もなかった」
こうした声のほかにも、「行政に求めたいことはあるが、あまり表立って主張すると目立ってしまい、もし指導が入ると困るので言いにくい」というものもあった。
もう限界にきている
鈴木さんと面識があり、1人で事業所を運営するケアマネの女性(50代)は、「大きなショックを受けた。周囲では、もうやっていられないという声も上がった」と話す。
埼玉県からは、防犯ブザーや防刃チョッキを購入する際の補助制度が示された。ただ高齢者を取り巻く環境は、問題中高年の子どもが高齢の親に依存する「8050」問題をはじめ、虐待、独居による孤立、低年金・無年金など、これまでにないほど複雑化している。
ハラスメント対策も重要だが、そこばかりに目が向き、こうした本質的な社会課題の議論が置き去りになることへの怖さも感じている。
「この流れは何か違うのではないか。川口市は事件が起きた場所なのだから、市は当事者。私たち現場の者と話し合う機会が、市のほうから開かれてもいいように思うが、そういう動きが全然見えない。不安なことや協力し合えることを話し合いたいのに」
人生の最期をよいものにしようと携わるこの仕事に、女性は大きなやりがいを感じている。だが、怖い面だけが取り上げられると、今後のなり手はいなくなってしまう。女性が危ぶむのは、そこだ。
社会のひずみが凝縮する現場で起きる問題を、ケアマネやヘルパーが背負っていくのは、もう限界にきているのではないかーー。
取材の最後、女性はこう口にした。
「四半世紀前に作られた介護保険制度が、時代と合わなくなっている。事件で見えた問題が、波風を立てない空気で埋もれてしまうのならば、鈴木さんも浮かばれないのではないか」
現場のケアマネや事業者たちは、行政に、もっと自分たちの思いを知ってもらいたいと願っている。私は川口市役所を訪ねた。介護保険課の担当者によると、9月下旬までに行った取り組みについて以下のものを挙げた。
・広報誌に「ハラスメント行為防止」の記事掲載
このほか、事件後に市内の事業者が開いた会合や、定期的な包括との連絡会などに市の職員が参加する形で出席者と意見を交わしたという。
市が主導して、ケアマネや事業者を集めて意見交換をするような場は設けていないとのことだった。その理由として、ケアマネは業務が多く、時間や参加人数の見通しが立てられないことを挙げた。
個別の事業所に対しては、市が実施する運営指導のタイミングに合わせ、事件後の不安や要望などを聞き取っている。ただ1日に訪問できる数には限りがあり、積み重ねているところだという。事業所向けのアンケートは、この間に国や各職能団体が実施していたため、事業所の負担を考慮して、市独自では実施していないという。
だが、それでよいのだろうか。現場にもっとも近い自治体だからこそ、小さな声まで拾い上げることができるのではないか。集まる人数は少なくても、数回に分けて開催したり、オンラインを活用すれば、できることは少なくないはずだ。


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