――上野さんが提唱してこられた「おひとりさまの老後」や「在宅ひとり死」には訪問介護が欠かせませんが、人手不足や低賃金で訪問介護は崩壊寸前といわれます。さらに今回の介護報酬改定で基本報酬が引き下げられました。
介護事業の中でも最も不利な働き方が訪問介護。その報酬引き下げとは、怒りを通り越してあぜんとした。これではますます働き手はいなくなるだろう。
――訪問介護事業はなぜ苦境に陥ったのでしょうか。
介護報酬の低さが招いた人災だ。最低賃金が上がっても、これまで報酬でそれに見合う改定は行われてこなかった。次期介護報酬の改定率、プラス1.59%程度では、焼け石に水どころか物価上昇率にも追いつかない。
介護保険の成立は奇跡だった
――2000年に介護保険制度が施行されました。当時の心境は。
奇跡だと思った。それまで“嫁”が担っていた介護を「脱家族化」し、社会化することができたのだから。それまでの日本では「家族の介護は家族の責任」だというのが常識で、中産階級が家族を介護する際に公的な支援はゼロだった。
それが、すべての人にサービスが行き渡るユニバーサルな利用が可能になったという点で画期的なことだった。たとえそれが一歩であっても、高齢者と介護をする家族に大きな恩恵をもたらした。世界に誇れる制度だ。
介護保険法が成立した1997年当時はまだ、社会連帯に基づいて「介護は家族だけのものではない」という国民的な合意形成ができた時期だった。
現代はどうか。介護保険法が成立してからこの30年弱で格差は拡がり、自己責任論を支持する人が増えた。日本維新の会をはじめとするネオリベラリズム勢力が台頭する国会で、社会連帯意識に下支えされる介護保険法を成立させるのは不可能ではないか。あの時が最後のチャンスだったと思う。
格差が大きすぎて社会連帯が成り立たないアメリカでは、国民皆保険は成立しない。
――介護保険制度は施行から23年が経ちました。この期間をどう評価しますか。
スタート時がベストで、年々使い勝手が悪くなった。政府が利用を抑制しようとしてきたからだ。利用者の負担についても当初は1割のみだったが、2割、3割まで登場した。私はこの23年間を「改悪の黒歴史」と呼んでいる。
とりわけ訪問介護では20分未満、20分以上30分未満、30分以上1時間未満……と利用時間がどんどん細切れにされてきた。今、ヘルパーは分単位の時間に追われながら仕事をこなさなくてはならない状態だ。
また施行当初の過ちが現在まで尾を引いている。それは訪問介護を「身体介護」と「家事援助」(後に「生活援助」に変更)に分けて価格差をつけ、生活援助の報酬を極端に安く設定したことだ。
身体介護が30分以上1時間未満で4020円だったのに対し、家事援助は30分以上1時間未満で1530円だった。このような差が設けられたのは、制度設計者の頭の中に、「家事は女が家でやってきたタダ働きだ」という誤った労働観が根を張っているからだろう。
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