高田社長の両親も韓国・済州島の出身。大阪で暮らした後、1948年に三河島へ移り住んだ。当初はリアカーを引き、廃材を集めて売る仕事をしていたという。転機は、「知人から韓国食材を売ってみてはどうか」と勧められたことだった。
「今の店の目の前にトタンを敷き、ミカン箱の上に乾物を置いたのが始まりです。唐辛子などを売るうちに、ぽつぽつと客が集まり、キムチも作るようになった。その味の土台は今も変わらず、亡くなった母のレシピを使って作っています」(高田社長)
済州島から持ち込まれた母の味を、この街で暮らす人の口に合わせてきた。とりわけ気を配るのは塩加減だ。季節によって白菜の状態は違い、夏は白菜の締まりが悪く、酸味も出やすい。母のレシピを受け継ぐといっても、いつも同じように作ればいいわけではない。
いまではキムチの販売量は月間7トン以上。多い日は300キロ近く売れるという。家庭向けだけでなく、居酒屋や焼肉店、ラーメン店などにも全国発送している。
「かつてはコリアンの大家族が、法事などのために一度に10万円、20万円分の食材を買うこともありました。でも、少子化が進むにつれ、買い方も変わってきた。一方で、日本人客が増え、いまでは客の約6割が日本人ですね」(高田社長)
キムチで知られるマルマンだが、高田社長は「弊社は、どちらかというと本業は食肉なんですよ」と話す。自らカルビやハチノスをさばき、牛肉や豚肉、ホルモンを扱う。豚足にも「うちは豚足は前足しか使いません」というこだわりがある。バーベキュー用の注文も多い。韓国食材を買うだけでなく、家で焼く肉を選びに来る店でもあるわけだ。
そんな三河島にタワマンが出現している
長く商売を続ける間に、街の姿も変わってきた。駅周辺にはマンションが増え、南側には2014年に竣工した「アトラスブランズタワー三河島」がそびえる。駅徒歩1分、地上34階、327戸。低層の住宅や商店が続く街に、駅前の新しい風景が加わった。高田社長が、街の大きな変化として挙げるのは交通の便だ。
「三河島駅から上野駅までは常磐線で6分だし、上野東京ラインの開業で、常磐線の列車が東京、品川方面へ直通するようになった。日暮里や西日暮里、町屋にも出やすい。まるで交通のトライアングルですよ。そんな便利の良さが開発業者に見つかってしまった、という感じですかね。大規模タワマンの開発が相次いでいます」(高田社長)


※ログイン後、コメント入力が可能です。