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大事な決断ほど、感情を排して「よく考えて決めろ」と言われる。だが、アメリカ心理学の父と呼ばれるウィリアム・ジェイムズは、考え抜いても答えが出ない選択では、むしろ「感情で決めてよい」と説いた。
考えに考え抜いた末に、人は何を拠りどころに決断するのか。哲学を事業に掲げ、企業で人々の「考える力」を育ててきた経営者・博士(哲学)の吉田幸司氏は、新著『
考えない哲学――思考の終わり、行動の始まり』で、考えることが尽きた地点にこそ、決断と行動の始まりがあると説く。
本稿では、ジェイムズが「感情で決めてよい」とした3つの条件を手がかりに、迷い抜いた末の決断の作法を読み解く。
考え抜いて、なお迷うとき
私は仕事柄、大手企業の経営者と話す機会が多い。そこで感じるのは、彼ら彼女らが、耐えがたいほどの重責のなかで決断を下している、ということだ。
ある年商数千億円規模の企業の役員は、「就任して最初の数カ月は、自分にこの仕事が続けられるのかと悩み続けた」と打ち明けてくれた。数万人の社員を抱える経営者は、「この規模で決断することの重さは、なかなか理解されない」と漏らした。
データも、フレームワークも、いまならAIの助言もある。それでも、最後に決めるのは自分だ。しかも、その決断が正しいかどうかは、誰にもわからない。
考えに考え抜いて、なお迷う。そんなとき、人は何を拠りどころに決めればいいのだろうか。
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