「憲法発布からもう2カ月か。相変わらず新聞はいろいろやかましく書き立てているね」
今回の朝ドラ『風、薫る』は、明治前期から中盤にかけての日本が舞台となっている。
民衆は「大日本帝国憲法」を理解せず
物語のなかで病院の患者が冒頭のセリフを話しているように、とりわけ明治10年代後半~20年代の「新しい制度が整い始める頃」の空気が描かれており、続きの会話として、別の患者が「あれだけの大騒ぎだったからなあ。俺らにはよくわからんが」と応じている。
大日本帝国憲法が制定されたものの、話題ばかりが先行して、多くの人は内容までよくわかっていなかったようだ。
そんな憲法制定の空騒ぎについては過去記事(「誰も内容を理解していない」 朝ドラ『風、薫る』でも描写"大日本帝国憲法の制定"で明治の世の中に漂った空気感)で書いた通りだが、憲法制定にあたって、人一倍、汗をかいたのが、伊藤博文である。どんな苦労があったのだろうか。
伊藤博文が憲法の調査のために、ヨーロッパへの旅に出たのは、明治15(1882)年3月14日のこと。総理大臣になる3年前のことで、このときは参議だった。岩倉使節団として欧米を訪問してから、実に10年以上が経過していた。

