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超一等地なのに「ゴーストタウン」と一時話題に…商業施設「カレッタ汐留」の地下に広がっていた"異色フードコート"の魅力

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汐留周辺の景観
今回は汐留のフードコート「汐留横丁」を訪れた(写真:Ryuji/PIXTA)
  • 鬼頭 勇大 フリーライター・編集者・フードコート愛好家

INDEX

東京都・汐留。

実は汐留という住所はなく、港区の東新橋辺りがそう呼称されている。

江戸時代に武家屋敷が並ぶようになると大きく発展し、さらに明治時代には近隣に新橋駅が誕生。横浜との間を行き来する東京の玄関口としてさらに活気を帯びていった。

その後、新橋駅は1914年に東京駅が開業した影響で旅客営業を終了し、「汐留駅」へと改称するとともに貨物駅となった。戦後には梅田駅との間で日本発であるコンテナ専用貨物列車が運用され、西日本への貨物ターミナルとして営業を続けた歴史がある。

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国鉄貨物駅の跡地は“ドル箱”になるはずだった?

こうした鉄道の歴史において重要な役割を担ってきた一帯にとって、大きな転換点になったのは86年だ。貨物ニーズの変化などに伴い、この年のダイヤ改正で貨物輸送が廃止された。

国鉄の清算事業団へと移管された31ヘクタールという広大な跡地は、膨大な長期債務を返済するうえで注目されていた。都心一等地ということもあり、再開発をすればドル箱に――と思われたが、時代が悪かった。バブル経済もあって価格が高騰したことでなかなか手が付かず、さらにバブル崩壊でしばらく開発のめどが立たなかったのだ。

最終的に、再開発工事が始まったのは95年、施設がオープンし始めたのは2000年代に入ってからとなる。

カレッタ汐留(写真:筆者撮影)

今回訪れる汐留横丁がある「カレッタ汐留」は、02年12月にオープンした。ビジネス街として再定義された一帯の中で、劇団四季の劇場「海」などを擁するエンタメ商業施設といった立ち位置の施設である。

キャナルシティ博多のデザインを手掛けた建築家を迎え、単なる商業施設とは違いちょっと洋風な雰囲気を感じるハコモノで、当時は相当な気合いが入っていたことがうかがえる。

しかし、施設自体は一時、テナントの撤退が相次いで稼働率が大幅に低下したらしく、SNSや一部報道では“ゴーストタウン化”もささやかれていた。

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