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「ひ弱なくせに頑固な石田三成」「秀吉を振り回したワガママな淀殿」…後世の創作で貶められた2人の"意外な実像"

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豊臣政権を陰ひなたから支えた石田三成と淀殿の実像とは(写真:TOSHI.K/PIXTA)

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「歴史は勝者によって作られる」とはよく言われる言葉ですが、とりわけ石田三成と淀殿の2人は、長らく続いた徳川時代の影響もあって、とかく負のイメージで語られがちでした。ですが近年、さまざまな資料の研究結果から、こうしたイメージとは異なる実像が明らかになってきました。
本稿では、静岡大学名誉教授・小和田哲男氏の監修書『日本史 格下げ偉人と格上げ偉人』から一部を抜粋・編集する形で、これまでの不当に貶められた評価から"格上げ"すべき、三成と淀殿の実像を辿っていきます。

秀吉の命令に反してまで仲間を助けた三成

戦国時代の人物となると、戦場でハデな活躍をした武人に人気が集まりがちだ。この点、石田三成は豊臣政権のなかでも文治派と呼ばれ、イマイチ地味だった。

よい話といえば、初めて豊臣秀吉と対面したときに茶を所望され、1杯目はぬるい茶を、2杯目はやや熱い茶を、3杯目は熱い茶を出したとされる「三献茶」のエピソードばかりが引き合いに出される。要するに、気配りの人だが、細かい性格というイメージだ。

ところが、この三献茶の話、じつは後世の創作である可能性がかなり高い。初出は、三成の死から100年以上が過ぎた江戸時代中期に書かれた『武将感状記』で、その作者は平戸藩士の熊沢淡庵だといわれるが、淡庵自体も実在の人物か怪しい。

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【頭が固くて陰険な人物とされることが多いが】

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