秀吉の命令に反してまで仲間を助けた三成
戦国時代の人物となると、戦場でハデな活躍をした武人に人気が集まりがちだ。この点、石田三成は豊臣政権のなかでも文治派と呼ばれ、イマイチ地味だった。
よい話といえば、初めて豊臣秀吉と対面したときに茶を所望され、1杯目はぬるい茶を、2杯目はやや熱い茶を、3杯目は熱い茶を出したとされる「三献茶」のエピソードばかりが引き合いに出される。要するに、気配りの人だが、細かい性格というイメージだ。
ところが、この三献茶の話、じつは後世の創作である可能性がかなり高い。初出は、三成の死から100年以上が過ぎた江戸時代中期に書かれた『武将感状記』で、その作者は平戸藩士の熊沢淡庵だといわれるが、淡庵自体も実在の人物か怪しい。
次ページが続きます:
【頭が固くて陰険な人物とされることが多いが】
