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中国古典の「徳」には何が欠けているのか~明治一オモロイ経営者・朝吹英二③『明治実業家の知識・見識・胆識』特別編

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東京駅からは、日本橋エリアに建ち並ぶ三井の象徴的なビル群を一望できる(撮影:尾形文繁)

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明治時代、三菱と三井という二大財閥で大幹部を務めた稀有な経営者がいた。その名は朝吹英二。かつて福沢諭吉を斬ろうとした過激な青年は、説得の末に諭吉の「思想の申し子」となり、後に三井財閥の空中分解を防ぐほどの功績を残すことになる。
筆者は近著『明治実業家の知識・見識・胆識』で渋沢栄一や岩崎弥太郎らを取り上げたが、そこに書き切れなかった「第二世代」の風雲児こそが彼である。凄まじい借金を抱えながらも、その底知れぬ「愛嬌」ゆえに吉原の芸者たちに支えられ、正反対な性格の三井両巨頭を繋ぎ止めた。
「紡績王」ら多くの逸材を育てた彼の生き様からは、中国古典にはない「組織を動かす潤滑油」としてのリーダー像が浮かび上がる。知られざる怪物の、愉快で深い生涯を紐解く(全3回)。
第1回:非イケメン界隈の希望の星~明治一オモロイ経営者・朝吹英二①『明治実業家の知識・見識・胆識』特別編
第2回:日本的温情経営の祖~明治一オモロイ経営者・朝吹英二②『明治実業家の知識・見識・胆識』特別編

渋沢栄一も認めた「反対しても愛嬌」

朝吹英二は、相手の話を否定せずに、やわらかく包み込みながら会話するのが得意という、類まれなる資質に恵まれていた。

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福沢諭吉も晩年、何か相談事があるとき、甥っ子の中上川が相手だと、即座にダメなものはダメだと言ってくるので、話を聞いてもらえず、自分の言い分をうまく受け止めてくれる朝吹のほうを頼りにしていた。

また、座談の名手であり、仲裁役を頼まれることも多かった。男同士の喧嘩から夫婦喧嘩、はては愛人との手切れ話まで、彼のもとに持ち込まれたという。

後に三井銀行の理事となる波多野承五郎が、こんな回想を残している。

「朝吹君が、酸いも甘いも知り抜いている苦労人であるという点から、仲裁役に頼まれる」

「頭が真ん丸で、顔にはいつも笑顔をたたえていたのだから、喧嘩をしている人同士でも、朝吹君の顔を見ると、仲裁気分がわいてくるのであった」

さらに、朝吹英二と親しかった1人である渋沢栄一も、晩年、彼のことを次のように評している。

「世間では高等な男芸者などと言っている者もいるが、そんな馬鹿なことはない。あの人は物に義理の立つ人で、またあの人は、人に対して怒らせないで自己の異説を立てるというよい天分を持っている。(中略)普通の場合、多くの人は異説を持ち出すときに、ケンカ腰になるけれど、あの人は反対しながらも愛嬌を含んで言う。(中略)朝吹君のように言うと、諧謔(ユーモア)の中におのずから真理を語るので、対手にとっても非常に聞きやすいものである、怒るのも及ばず、感情を害することなくして、ことはおのずから運ぶのである」

三井でお互いに反目し合うようになった、益田孝と中上川彦次郎という三井の両巨頭をとりもつには、これ以上ないタイプだった。そして、2人とも朝吹のことを心から信頼していた。

たとえば、中上川が激務に疲れて、「今日は1人で心身を休めよう」と思って、家で休んでいたところ、たまたま朝吹が遊びに行ったことがある。朝10時だった。少しだけ、と話し始めると、会話が弾んでしまい、そのまま明け方の3時まで、つまり17時間も話し込んだこともあるという。

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