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中国古典の「徳」には何が欠けているのか~明治一オモロイ経営者・朝吹英二③『明治実業家の知識・見識・胆識』特別編

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東京駅からは、日本橋エリアに建ち並ぶ三井の象徴的なビル群を一望できる(撮影:尾形文繁)
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渋沢栄一は晩年の座談会で、益田孝のことを、

「小さな用には役立つ」

と評している。

実は渋沢栄一は一時期、新規事業立ち上げの知恵袋として、益田孝のもとに毎日のように通い、彼の頭脳に頼っていた。そんな栄一にして、あまりの言い方のようにも見えるが、栄一が言いたかったのは、益田孝の社会貢献意識の低さであった。

栄一は、金持ちは、カネを持つほど社会に対してお返しをしなければならないと考えていた。

そんな彼にとって、三井からとんでもなく高額の報酬をもらいながら、ひたすら自分の趣味に没頭していた益田孝は、

「ビジネスのような小用には役立っても、本当の意味で社会のため、世界のためといった大用には役立っていない」

と見えたのだろう。

引退後に語った「言葉の脂」と「艶」

朝吹も明治44(1911)年に三井を引退すると、骨董やお茶などの趣味に打ち込んだりしていたが、晩年の彼らしい発言を1つご紹介したい。

引退後に、気力にゆるみが生じてしまったと感じた朝吹は、ある日、武藤山治にこんなことを述べている。

「どうも僕も、昔のように言葉に脂がなくなって来たから困る。以前には、無意識にパッと何かを言っても、言葉に艶があるから、人に悪い感じを与えなかった。ところが年をとってくると、話がゴツゴツして、まるっきり言葉に艶がない。ややもすれば、議論をして相手の感情を害したり、人に当たる気味がある。これは言葉に脂の切れた証拠だ」

脂や艶とは、つまり潤滑油のようなもの。彼は、苦労人だったがゆえに、やはり自分自身を客観的に視ているところがあった。

ふつう偉くなったり、年齢をとると、乱暴な言い方をしても周りが聞いてくれるので、それが当たり前になってしまいがち。しかし、彼はそうならなかった。そして、彼の「言葉の脂」「艶」という表現に、彼の言語化能力の高さ、そしてそれがゆえの交渉や調整能力の高さが透けて見えてもいる。

最後に、益田孝、中上川彦次郎、朝吹英二という、いわば3人の「三井の中興の祖」の持つ意味合いを、ちょっと違った切り口から、見てみたい。

渋沢栄一は『論語と算盤』のなかで、人の持つべき見識は、

・ 智――知恵

・ 情――感情、情愛

・ 意――意志

の3つから成り立っていると指摘している。

これらは、人の3つの存在基盤と言ってもいいだろう。

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