今回、そんな人間の本質に進化心理学で迫り、左派と右派、女性と男性、集団主義と個人主義など、ヒトとその社会を「つながり」と「自主性」という2つの欲求の綱引きで説明するとともに、現代人の不幸の原因はこの2つの欲求のバランスの崩れにあると指摘する『誰かと一緒にいたいけど、1人になりたい:つながりと自主性の進化心理学』より、一部抜粋・編集のうえ、お届けする。
自主性とつながりにおける性差
性差をめぐる論争の起源を探れば、自主性とつながりに関する議論のきわめて重要な背景が見えてくる。心理的な性差は多くの原因に由来し、あらゆる男女にはとうてい当てはまらないことが浮き彫りになるからだ。
だが、自主性とつながりにおける性差は、男女という2つの集団の平均には当てはまる。そして、身長と同じように、これらの平均的な違いは十分大きいので、人は確実にそれに気づき、それに即して行動する。
実際、つながりと自主性の重みづけの違いは、両性間の心理的な違いのうちでも際立っているので、女性のほうがつながっている傾向があり、男性のほうが自主的でありがちだと知っても、あなたはおそらく仰天したりしないだろう(今後私は、「傾向がある」とか「~しがち」といった表現は省略する。両性の間の平均的な違いを論じているのであって、特定の女性あるいは男性がどう感じるかには注目していないからだ)。
また、生物学的特性と、文化/社会化の両方が、これらの性差の発生と維持に主要な役割を果たしていることにも、あなたはおそらく驚かないだろうが、ここでは生物学的な面に的を絞ることにする。



※ログイン後、コメント入力が可能です。