私たちの進化史を通して、男性と女性が繰り返し直面してきた問題の大半は、性別を問わず、ほとんど同じで、どうやって暖かく/涼しくしているか、どうやって捕食者や病原体を避けるか、どうやって栄養のある食べ物を十分に摂取するか、どうやって不慮の事故による怪我(けが)を避けるか、どうやって住み処への帰り道を見つけるか、どうやって所属する集団に好かれ続け、追い払われずにいられるか、などだ。
再発を繰り返すこれらの問題のそれぞれが、私たちの心理に大きな影響を与えた。私たちは、自分の種に特有の方法を進化させてそれらを解決してきたからだ(餌食にされるのを避けるためには捕食者への恐怖を、転落して死ぬのを避けるためには高所への恐怖を、追い払われるのを避けるためには拒絶への恐怖を覚える、という具合に)。このような分野では、男女差はあるとしてもわずかだ。
男女のどちらかにしか関連のない問題
だが、ヒトが繰り返し直面してきた問題のうちには、生殖にかかわる生物学的特性の違いのせいで、男女のどちらかにしか関連のないものがある。
たとえば、受精は体内で起こるので、男性は自分が、生まれた子の父親かどうかは、けっして確実には知りえないが、女性は自分が産んだ子の母親であることを常に知っている。
サケは、ヒトの男性が感じる父親の不確実性に苦しむことはない。なぜなら、オスのサケは、メスが卵を産むそばから精子をかけ、その場で受精を目撃するからだ。
あらゆる人につながりへの欲求があるし、自主性への欲求もある。これらの欲求は、捕食者や高い場所や拒絶への恐怖と同じで、種に典型的だ。
だが、女性にはつながる理由が余計にあり、男性には自主的である理由が余計にあるため、これらの欲求は普遍的ではあっても、女性のほうがつながりへの欲求が強く、男性のほうが自主性への欲求が強い。
では、女性にとってつながるための余計な理由とは何なのか? それは主に育児にかかわる。


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