シリコンバレーに移り住んで四半世紀。この街の熱狂は何度も見てきた。ドットコム、モバイル、ソーシャル、クラウド……。そして今はAIブームだ。だがこの2年、私は説明のつかない違和感を抱え続けている。
地元パロアルト市内のカフェでは、若者たちが(人が言葉で伝えるだけでAIがプログラミングをする)「vibe coding」を語り、シリコンバレーの金融街であるサンドヒル・ロードでは、1週間で数千億円が動く。日本の大企業の役員たちが「AIを見に来た」「Waymo(ウェイモ)の自動運転を体験しにきた」と毎週のように訪ねてくる。私はその橋渡しをする側だ。にもかかわらず、この熱狂に完全には乗り切れていない自分がいる。
その違和感の正体が、最近ようやく言葉になってきた。私たちは今、人類史上最速のペースで「コモンズ(共有資源)」を消費している。それが熱狂の陰で、静かに進行している。
AI時代における「コモンズの悲劇」 が起きている
「コモンズの悲劇」という言葉がある。これは、生物学者ギャレット・ハーディンが1968年に提唱した概念である。共有資源を各人が合理的に利用した結果、資源そのものが枯渇・崩壊する現象だ。個人の合理性が集団の非合理性を生むという、経済学における最も強力なパラドックスの一つである。
このコモンズの悲劇が、AI時代には少なくとも3つのカテゴリー、9つの領域で同時に進行している。
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