東洋経済オンラインとは
ライフ #サオリス・ユーフラテスの数字の向こう側

「料理人のテクニックを捨てたら大ヒット!?」…佐賀の田舎発レストランが海外まで広がるチェーンになった"納得の訳"

10分で読める
ぎゅう丸の店舗外観
佐賀で始まり、現在北部九州エリアで13店舗、ベトナム2店舗まで展開しているぎゅう丸(写真:筆者撮影)

INDEX

48年前に佐賀県嬉野市で創業し、北部九州に13店舗、ベトナムに2店舗を展開するレストラン、ハンバーグ&ステーキ「ぎゅう丸」。看板商品の肉汁あふれるハンバーグとコーンポタージュにパイ生地をのせて焼き上げたパイ包みスープは、どのようにして生まれたのだろうか。

最初から読む→→→前編:「ガッツリ系じゃないのになぜ人気?」…箸を入れた瞬間ジュワッ、九州ローカル店の爆売れハンバーグが想像以上だった

ぎゅう丸ゆめタウン博多店に、創業者であり現会長の近藤浩さん(72)と、息子で2代目社長の近藤直樹さん(36)が来てくれた。

(写真:筆者撮影)
【写真を見る】「料理人のテクニックを捨てたら大ヒット!?」…佐賀の田舎発レストランが海外まで広がるチェーンになった"納得の訳"(9枚)

「狙って作ったのではなく、ぜんぶ、結果論」

そう語る背景には、浩さんの哲学があった。すべての始まりは、嬉野にある。温泉街から車で約10分、国道34号を長崎方面へ走った県境の峠の手前。ぎゅう丸の前身は、その不便な立地で始めた小さな喫茶店だった――。

ぎゅう丸嬉野本店(画像:ぎゅう丸提供)

車で30分かけてでも来たい店を

創業者の近藤浩さんは、もともと料理人を志していたわけではなかった。ただ、洋食の道に進めば仕事で海外に行けるかもしれないとの漠然とした思いから、高校を卒業すると長崎市内や佐世保のレストランで7年間働いた。和食の料理人だった父が亡くなり、地元の嬉野に呼び戻されたのは1978年頃。25歳の時だった。

「都会はよかった。仕方なく帰ってきた」と振り返る。

次ページが続きます:
【「自分が客だったら、この料理に1500円を払うだろうか?」】

2/6 PAGES
3/6 PAGES
4/6 PAGES
5/6 PAGES
6/6 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1週間以内の記事が対象