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ライフ #商業施設で変わった街

「本厚木のほうが栄えていた」「へそのない街と揶揄されていた」…田畑だらけの「海老名」を県央随一の商業都市へと変貌させた2施設の磁力

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  • 坪川 うた ショッピングセンター研究家・ライター

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田畑だらけだった海老名はどのように変わったのか?(筆者撮影)
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「海老名といえばビナウォーク」。そんなイメージが定着した。「ビナウォーク」は、街のブランディングに寄与し、街を変えた商業施設である。
さまざまな街にある商業施設を、「どのようにして街を変えたか」という観点からレポートする本連載。今回は「海老名」周辺を歩く。

前編では、唯一無二の商業施設「ビナウォーク」が誕生したからこそ海老名の街は変わったと述べた。続く本稿では、海老名がどのように変わってきたのか、歴史をより詳細に振り返っていく。

鉄道の発展とともに人口が増加

海老名には縄文時代から人が住んでいたと言われている土地である。

戦後に著しい発展を遂げ、1955年に海老名町と有馬村が合併。その後人口が急増し、71年に海老名市となった。

人口増加の一因は鉄道網の発達だ。海老名市域では大正末期から鉄道が建設されてきた。27年には小田急小田原線が全線開通し、海老名駅が設置された。

73年に海老名駅が現在の位置へ移ると、駅周辺では商業施設がつくられた。79年オープンの「ニチイ海老名ショッピングデパート(現・イオン海老名ショッピングセンター)」や、84年オープンの「ショッパーズプラザ海老名」である。

現在の「イオン海老名ショッピングセンター」(筆者撮影)
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