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蔦屋重三郎も注目「狂歌本」流行の裏の熾烈な争い 作風の違いで唐衣橘洲と四方赤良の対立も

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吉原弁財天(写真: Masa / PIXTA)
今年の大河ドラマ『べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~』は横浜流星さんが主演を務めます。今回は狂歌本ブームの裏側を解説します。
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江戸でブームになった狂歌本

蔦屋重三郎は、絵師・北尾重政の人脈を生かし、黄表紙出版を推進していきました。

その重三郎が、新たに目を付けたのが、狂歌本の出版です。そもそも、狂歌とは何でしょうか。狂歌とは、短歌の一種です。狂歌には「ざれごと歌・ざれ歌・狂言歌」という異名があります。

狂歌の起源がいつかというのは、なかなか難しい問題ではあるのですが、『万葉集』(現存する日本最古の歌集。7世紀~8世紀成立)の「戯笑歌」に源流があるとの意見もあります。

狂歌は、風刺・滑稽・皮肉を盛り込んだもの。和歌が「正統」「純正」なものだとすると、狂歌は用語も題材も自由で、そこからは幾分外れたものでした。

中世にも狂歌は詠まれたのですが、その全盛期は江戸時代です。特に、重三郎が生きた天明年間(1781〜1789)に狂歌は、江戸で大流行しました。

江戸時代の初期は、狂歌は都のインテリが詠むものでしたが、次第に一般庶民も詠むようになります。大坂をメインとした「浪花狂歌」が生まれ、それが江戸に及び、前述したような天明期の江戸におけるブームを生むのです。天明期に流行した狂歌を「天明狂歌」と言います。

狂歌史上における「黄金時代」だった天明期。この天明狂歌は、江戸中期の狂歌師・内山賀邸(1722〜1788)の派閥・門人から生まれたとされます。

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