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メディア王の地位にがっちり指をかけた"蔦重"
江戸時代は、いわゆる「ブランド品」は酒を別にすれば、着物や装飾品、菓子などその製造元を兼ねる問屋でしか買えなかった。また、量産したところで販売網が整っておらず、支店で売る程度の話である。
顧客も問屋まで歩いて行ける範囲にほぼ限られるが、それでも商品は売り切れたほうがいい。
ゆえに、蔦屋重三郎が活躍した18世紀後半になると、黄表紙・洒落本など、寺子屋教育のみでも十分に読め、大衆からの需要が高かった娯楽出版物に広告が掲載されるとともに浮世絵自体が広告という場合もあった。
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【「広告収入」が可能にした大量の出版物】
