不登校は子どもの問題ではなく、大人の無理解によるもの

文部科学省によると、2022年度の小中学校の不登校児童生徒の人数は、29万9048人。10年連続で過去最多を記録した。また、厚生労働省によると、2023年の小中高生の自殺者数は507人で、過去2番目の多さという数字が示されている。子どもたちが置かれている環境が深刻化しているのは、まぎれもない事実だ。

「(不登校の)子どもたち一人ひとりには、まったく問題ないと思っていて。これだけ不登校が増えているのは、『学校は、僕たち(私たち)にとって、こんなにも行きたくない場所になっているんだよ』という、子どもたちの必死の叫びなのだと受け止める必要があると思っています」と語るのは、大阪市・奈良県生駒市のアートスクール「アトリエe.f.t.」代表で「トーキョーコーヒー」を立ち上げた吉田田タカシ氏だ。

吉田田タカシ(よしだだ・たかし) トーキョーコーヒー 代表、アートスクール「アトリエe.f.t.」代表
1977年生まれ。大阪芸術大学 デザイン学科 卒業。芸術運動の「ダダイズム」にちなんで自らを「吉田田」と名乗り、主宰者から「ダダさん」と呼ばれている。トーキョーコーヒーやアートスクール「アトリエe.f.t.」のほか、バンドのボーカルや大学での講師など幅広く活動する。トーキョーコーヒー公式サイト

芸術運動の「ダダイズム」にちなんで自らを「吉田田」(よしだだ)と名乗り、活動している。吉田田氏は続ける。

「社会はこれだけ変わっているのに、日本の教育は、学制発布以来150年、大きなイノベーションが起こることなく同じ道を歩み続けています。学力や偏差値など限られた物差しだけで子どもを測るような考え方や仕組みは『今の時代に合わなくなっているのかもしれない』とみんな頭ではわかっていても、『よい成績をとって有名大学に入り、有名企業に入ることが人を幸せにする』という固定観念から抜けきれていないように感じます。

不登校は子どもの問題ではなく、大人の無理解によるもの。不確実性の高い現代において、『本当の幸せとは何か』『本当の豊かさとは何か』について大人たちが真剣に議論し、行動を起こさないと、そのしわ寄せはすべて、子どもたちにいってしまうのではないでしょうか」

「トーキョーコーヒー」は、「登校拒否」のアナグラム(並び替え)として生まれた言葉。多様な大人が集まり、農業、料理、手芸、アートなど自分たちが主体で楽しめる活動をしながら、教育や社会について大人同士が対話し学び合う“拠点”だ。

子どもたちはそこで自由に時間を過ごす。大人の活動の場だから、子どもたちは何をしてもOK。そこで過ごすうちに何かやりたくなったら、大人はそれを応援する。押し付けられない場所だから、学校に行かない子どもたちにとっても安心して過ごせる場所になっているという。

「『子どもが安心してそこに居られる場所は、“子どもたちのためだけ”に作ってはいけない』と、僕は思うんです。なぜなら、不登校など子どもの問題は、すべての大人の問題に直結しているから。大人が、子どもが学校に行かない理由や背景を理解しないままに『学校に行けないならこっちで学びなさい』と、単純に学校以外の居場所を作るのではなく、大人同士が集い、語らい、自分自身の悩みから解放され、価値観をアップデートさせる場所を作る。大人たちが楽しそうに過ごしているその場所に、『子どもも自由に来ていいんだよ』と声をかけることが、子どもにとっての真の意味での安心につながると思います」

どんな子どもも自分らしく生きられる世の中をつくるために

吉田田氏は、大阪市と奈良県生駒市で、25年以上にわたりアートスクール「アトリエe.f.t.」を主宰。「つくるを通して いきるを学ぶ」をテーマに、子どもたちがワークショップ形式で絵画や制作を学ぶクラスなどを運営してきた。

2020年には、6歳から18歳までの子どもを対象に、放課後等デイサービス「bamboo」を開設。障害のある子に向け、「つくる」ことを通して自信をもって人生を切り開く力を育んでいる。

「『アトリエe.f.t.』や『bamboo』で出会う子どもたちの中には、発達障害の子、精神疾患を患う子、LGBTQの子など、いわゆる社会的マイノリティの子もたくさんいます。日本社会はマイノリティを無意識のうちに排除してしまいがちで、その子たちは生きづらさを感じていることが多いものです。しかし、アートなどクリエイティブな活動は、その子たちの新しい未来を開く可能性をひめていると感じています」

学習障害で、学校では勉強についていけず福祉的なサポートを受けている小学生がいた。その子は恐竜が好きで、恐竜をモチーフに制作した絵や紙粘土のクオリティがとてつもなく高く、教室で一目置かれている存在だという。

「でも、みんなと一律に学ぶことを求められる『学校』という場では、その子は『障害がある子』とみなされてしまう。障害というのは、本人にあるのではなくて、環境にあるのではないかとつくづく思いますね。だって、その子がアトリエに来たら、その子の障害はいっさい消えてなくなり、輝くわけですから。マイノリティだけれども面白い特徴を持った子どもたちが、その子ならではの強みを生かして活躍できる社会にしていかなければいけない、という思いもあります」

2021年には、生駒市で放課後等デイサービスを運営する女性の声をもとに、地域みんなで子どもを支える「まほうのだがしやチロル堂」をオープン。2022年度にグッドデザイン大賞を受賞した。

不登校の子も、社会的マイノリティの子も、どんな子どもも自分らしく生きられる世の中をつくるためには、まずは大人一人ひとりの考え方や行動を変えていくことから。「トーキョーコーヒー」は、これまでたくさんの子どもたちと関わってきた吉田田氏が企てる、“世界一たのしい”革命なのだ。

「味噌づくり」をしながら教育や社会について語る

2024年2月。東京都足立区・葛飾区で活動する「トーキョーコーヒーあだち・かつしか」を訪れた。今回の活動の会場である区内の公共施設「亀有学び交流館 料理実習室」に足を運ぶと、香ばしくほんのり甘い匂いが部屋中に漂っている。

見ると、この場に集まった保護者と子どもたち約20人が複数のテーブルに分かれ、ゆでた大豆をすりこぎやマッシャーでつぶしている。この日の活動は、恒例の「味噌づくり」だ。

「トーキョーコーヒーあだち・かつしか」恒例の味噌づくり
(撮影:長島氏)

大人は、最近の出来事や学校のこと、子育てのことなどについておしゃべりしながら手を動かしている。子どもたちは、そんな大人のそばで一緒に大豆をつぶしたり、歩き回って周りの様子を見渡したり、部屋の隅でお絵描きしたりなど、自由に過ごしている。会場全体に、ゆるやかで温かい空気が流れている。

「子どもが幼稚園から小学校にあがるとき、一斉授業のイメージが強い学校教育に対する漠然とした不安感を抱きました。それまで自由保育の幼稚園で、子どもは自分のやりたいことに没頭する毎日を送っていたのですが、小学校に入学したらどうなってしまうのだろうと。幼稚園時代の仲間たちと子どもたちの体験、経験の場を細々と作り続けていたとき、吉田田さんが『トーキョーコーヒー』を始めることを知り、その思いに共感して2022年9月から月に2回のペースで活動を始めました」というのは、「トーキョーコーヒーあだち・かつしか」主宰の泉美智江氏だ。料理や工作などをしながら対話し学び合う場を設けているという。

「トーキョーコーヒーあだち・かつしか」を主宰する泉美智江氏(左)と薄葉藍氏(右)
(撮影:長島氏)

小学2年生の次女が、時々「学校に行かない」と選択するという泉氏。これまでの集いで、次女のことや学校への思いなどを話してきた。「一人で悩むよりも、大人が集まって皆で何かを楽しみながら話すことで距離が近づき、打ち解けられる、大人も子どもも安心できる場所だと思います」(泉氏)。

同じく主宰を務める薄葉(うすば)藍氏は、小学4年生の長男が、不登校ではないけれどもいやいや学校に行く様子が見受けられることもあるという。「このまま見守りつつ、『行かない』と言い始めたら、そのとき一緒に考えようと思います」という。

ほかにも不登校の子どもをもつ保護者が何人かいたが、全員に共通しているのは、わが子の不登校・不登校傾向を悲観するのでなく、よい意味で“あっけらかんと”とらえていることだ。大人同士の学びや対話を通し、それぞれがそれぞれの方法で心を整え、家族や社会と向き合っていることが伝わってきた。

「今後は、地域のコミュニティスペースで定期的にお話会も開催する予定です。『学校は○○だから』『社会が△△だから』で終わりにするのでなく、どうしたら大人も子どもも幸せな社会になるのかを一緒に考える仲間を増やしていきたいですね」(泉氏・薄葉氏)

大人も子どもも真剣に遊び、疲れたら休憩

「トーキョーコーヒー」の主宰者になるのは、至ってシンプルだ。研修動画を視聴すると主宰者としてのライセンスが付与され、活動を開始することができる(研修費とライセンス付与費合わせて3万円)。

その後は事務局主催のカンファレンスに参加し、吉田田氏の講演を聞いたり他の主宰者とともに場づくりや教育について学んだりするスタイルだ。

動画研修にある教育や子どもへの接し方などを理解し、主宰者がモチベーション高く楽しく活動できれば、活動頻度や内容、参加費などは主宰者が自由に決めることができる。

「主宰者になることへのハードルの低さが、『トーキョーコーヒー』にジョインするきっかけの1つになりました」というのは、「トーキョーコーヒー 立川」主宰で、「こども王子ベジ」という通称で活動する浅野暁彦氏だ。

「トーキョーコーヒー 立川」を主宰する浅野暁彦氏
(撮影:長島氏)

「とにかく子どもが大好き」という浅野氏は、放課後等デイサービスに勤務後、現在はフリーランスのベビー、チャイルドシッターとして活動している。

「『トーキョーコーヒー八王子』で開催した流しそうめんの会や、吉田田さんとのトークライブのときにたまたまチャイルドシッターとしてサポートさせていただいたことをきっかけに『自分も主宰者になってみたい』と。吉田田さんからも『やってみたらいいやん』とお言葉をいただき、2023年の夏から活動を始めました」

この日は、多摩川緑地・立川市民運動場の一角に数組の親子が集まり、「タッグタッグこんにちは」というイベントを開催。子どもも大人も皆がプレーヤーとなり、さまざまなタッグを組んで体を動かすゲームで楽しむ。

多摩川緑地・立川市民運動場で別日に行われたイベント「ハラッパジャンパー 〜おそとでトランポリン〜」
(写真:浅野氏提供)

大人も子どもも真剣に遊び、疲れたら休憩。お菓子を食べながら、皆で学校のことや子育てのことをあれこれ話す。最後は、おにごっこや、子どもたちがこの日の遊びを通して考えた「オリジナル玉入れゲーム」を皆で楽しんで終了。主宰者の浅野氏が自ら活動を楽しむ姿が参加者に伝播し、和気あいあいとした空気が印象的だった。

「今の時代に必要なのは、このようなゆるやかなコミュニティだと思うんです。開かれた場所で大人も子どももくつろぎ、つながり、助け合って、学び合う。全部ひっくるめて楽しんでしまえばいい」という浅野氏。

「『トーキョーコーヒー』は、全国に仲間がいて情報共有ができるのも、大きな安心感がありますね。これまで外遊びの活動を中心に行ってきましたが、今後は室内でのんびり語り合う活動も増やしていく予定です」

「時代は変わっていく」という空気を作る

吉田田氏がこのムーブメントを起こしたのは、自身の高校時代、学校に行く意義を見いだせない時期があった経験が原体験となっているという。

「小さい頃から『なぜ勉強しなければならないのか』という疑問を抱きつつ高校生になりました。進学校で、厳しい校則や成績のプレッシャーもあり『こんなところにいるのはイヤだな』と思ったんです。でも、逃げるのも、真正面から反発するのも違うなと。そこで、もともと絵を描くのが好きでちょうど文化祭が近づいていたこともあり、学校の中で何か面白いことをしようと。仲のよい友人たちと、校舎に飾る巨大壁画を描こうと提案しました」

学校は吉田田氏らの提案を受け入れた。だが吉田田氏らが描いたのは、ブラックユーモアの要素があふれた、大人からすれば「文化祭で飾るにはおよそ似つかわしくない」と思われる風刺画だった。

「僕たちが描いた絵を見て、先生たちはひっくり返って驚いていたのですが(笑)、いわゆる“ギリギリの線”を狙いながらもかなり高い完成度にこだわって仕上げたので、むげに叱れないんですよね。その後学校では急きょ職員会議が開かれ、その絵は結果的に文化祭で展示されることになりました。飾られたことはもちろん嬉しかったですが、皆で描いているときのあのワクワク感。今思い出してもたまらないですね。あの経験を通し、『自身の苦しみは、ちょっと視点をずらして皆で行動すれば楽しみに変えることができる』と気づきました」

「トーキョーコーヒー」の当面の目標は、全国に500カ所以上の拠点をつくることだという。

「トーキョーコーヒーの拠点一つひとつを見ると小さな活動ですが、このような拠点が全国に500カ所以上できると『点』が『面』になり、『時代は変わっていくんだ』という空気がじわじわと作られていくと思うんです。教育や社会について、本当の幸せとは、本当の豊かさとは何かについていま一度真剣に考え、自身のこれまでの価値観をアップデートさせること。これが、今を生きる僕たち大人に課せられているミッションだと思っています。このムーブメントをますます加速させ、時代を変える空気を充満させていきたいですね」

(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:吉田田氏提供)