なぜ学校教育に「eスポーツ」を導入したのか

「新巽中は、一風変わった学校だと言われることがあります」と、教諭の山本昌平氏は話す。新巽中は山本氏が中心となって2016年から教育改革を矢継ぎ早に断行してきたが、その内容が実にユニークなのである。

きっかけは、荒れた状態が続いていたこと。そのため「全教員で全生徒を見守る学校づくり」を目指し、まずは複数担任制を導入。18年度には1人の教員が3学年の教科指導を担当する「タテ持ち型編成」を始めて教員同士の協働をさらに促した。その結果、「対話の量は桁違い」(山本氏)になったという。19年度には定期テストも見直し、単元テストと学期ごとの実力テストで理解度や定着度を確認する形に変更して、より一人ひとりの成長に寄り添えるようにした。

とくに注目したいのは、非認知能力を伸ばす取り組みだ。17年度に育成したい非認知スキルを「しんたつ11のスキル」としてルーブリックにまとめ、プロジェクト型学習とESD教育(持続可能な開発のための教育)を開始している。

「しんたつ11のスキル」
・内発的動機 ・自己管理力 ・自己有用感
・持続的探究 ・問題解決力 ・批判的思考
・社会的責任 ・合意形成力 ・多様性受容
・情報活用力 ・表現力

こうした中、プロジェクト型学習の一環として取り入れたのが、eスポーツだった。eスポーツとは、エレクトロニックスポーツの略で、主にゲームを使った対戦競技を指す。ゲームによって子どもの学習や生活習慣、人間関係などに悪影響が及ぶケースは少なくないため、教員も保護者もeスポーツを子どもから遠ざけたいと考えるかもしれないが、新巽中は違った。

20年10月に大阪市生野区で行われた行政・民間企業の共催によるオンラインイベント「脱獄ごっこ×生野っこ eスポーツ チャレンジ!!」に区長から招待されて参加したことを機に、新巽中では総合的な学習の時間を使って「生徒たちがeスポーツ大会を企画・運営するプロジェクト型学習」を行うことにしたという。eスポーツの導入を具体化した山本氏は、こう振り返る。

山本 昌平(やまもと・しょうへい)
大阪市立新巽中学校 数学科・教務主任・研究主任
大学を卒業して私立学校に常勤として2年勤務した後、大阪市立中学校で12年勤務。経歴の半分は、教務主任と研究主任を兼任。学校が今までの慣例や当たり前を繰り返すことに限界を感じて学校の仕組みから再編、企業とともに社会課題を解決するプロジェクトベースの学習環境にシフト。現在はロート製薬・区役所などと連携し、eスポーツ×教育の可能性をテーマに教育現場にゲームを導入。学校現場でeスポーツ大会を実施。Google認定トレーナー、GEG Ikunoリーダー、大阪市中体連バスケットボール部理事およびB級レフリー、NHK for School「マスと!」制作委員

「本校が育成したい非認知能力は、学校生活の中で育まれるわけですが、別に体育大会だろうが、文化発表会だろうが、eスポーツ大会だろうが何でも構わないわけです。eスポーツだからこそ輝ける子がいるかもしれないし、それを肯定的に評価する社会になれば子どもたちの活躍の場はもっと広がります。多様性を受け入れる心の素養も育まれるでしょう。また、常識や慣例に従うことが多い学校にゲームを取り入れることで、われわれ大人たちの『当たり前』も書き換えられるのではないかと考えました」

タイミングもよかった。ちょうどその頃、新巽中は、パナソニック教育財団の助成やGoogleの協力などを得て校内で「勝手にGIGAスクール」(19~20年度)という取り組みを展開。全生徒・教員に1人1台の端末を配布し、学習環境を整えるためにネットへの接続を無制限にするほか、動画視聴もゲームも自由にできるようにしていた。コロナ禍も重なり、教員、生徒、保護者たちは実際にテクノロジーの扱い方に日々向き合っており、その議論も進んでいたのだ。

「議論の中で出てきたのは、ゲームやテクノロジーを『言葉』と同列に捉えて接し方を考えてみようということでした。言葉という道具は人生を豊かにもするし、人を傷つけもする。これと同様に、テクノロジーだって学びの道具にもなるし、妨げにもなる。私たち大人は子どもたちから言葉を奪わないのと同様、スマホやゲームなどをはじめとするテクノロジーを奪うべきではない。問題は道具の使い方であって、大切なのは子どもたちをいかに正しい使い方へ導けるか。私たちはそう考えました」

こうした背景もあり、プロジェクト型学習としての導入にも大きな反対はなかったが、eスポーツと教育のマッチングに懸念を示す教員や保護者はいた。そこで山本氏は、eスポーツ大会の運営を通じて非認知能力などの教育効果が期待できること、ゲームとの付き合い方を学ぶ内容であること、ゲームに関わる新しい産業を学ぶことで職業観を広げるものだということなどを丁寧に説明。これからの社会に必要不可欠なテクノロジーに、子どもたちと一緒に向き合っていこうと訴え、理解を得たという。

eスポーツのプロジェクト型学習で「非認知能力」が向上

そんな経緯で新巽中では、プロジェクト型学習の一環として、ゲーム「脱獄ごっこ」で対戦する「勝手に!eスポーツ大会」がすでに3回開催されている。第1回目は2021年2月、2年生が「ゲームは悪なのか?」「ゲームは学びの道具になるのか?」「人がワクワクドキドキする仕組みってどんなものなのか?」という3つの問いを立て、校内にて成果物として動画・大会・プレゼンテーションの3部構成で発表を行った。

第1回「勝手に!eスポーツ大会」

印象的だったのは、司会進行を務めた生徒たちだという。司会進行役が決まったのは開始5分前だったのに、普段は控えめな生徒がマイクを握りしめて「お前ら行くぜー! 準備はいいかー?」と周囲を盛り上げたそうだ。

「ほかの先生に『どんな指導をしたら、あんなふうにしゃべるようになるんですか』と聞かれたくらい。運動が得意な子は体育大会で、表現が得意な子は文化発表会で輝くように、eスポーツ大会で輝ける子もいるのだと実感しました」

第1回大会で司会を務めた生徒たち

また、競技や観戦のマナーを提案する生徒がいて、「教員にはない視点にハッとさせられました」と山本氏は語る。

「一般的なeスポーツ大会ではやじが多く、よくトラブルが発生するそうです。生徒はそのことを知っていたのでしょう。対戦相手に対して暴言やあおりはしないこと、味方同士はポジティブな言葉をかけ合おうといったことを開始前に参加者へ呼びかけたのですが、大会に招待したプロゲーマーの方に『きちんとマナーを提案できる点がすばらしい』と褒めていただきました」

その後、第2回目は21年11月、3年生が行政や企業などとともに「ゲームは文化の壁を越えるのか?」を主題に、生徒と留学生、外国をルーツとする高校生や大学生が交流するイベントで大会を開催。

第3回目の22年3月は泉佐野市立新池中学校(以下、新池中)との共催で、両校の1年生がeスポーツと非認知能力の関係性を探究すべく「ゲームは見えない力を育めるか」をテーマに大会を行った。

「生野区は5人に1人が外国籍の方で、多文化共生の街」(山本氏)であり、第2回大会には多様な立場の人が参加した(左上・右上)。第3回大会は泉佐野市立新池中学校と共催(左下・右下)

「各回とも、それぞれの問いかけに対し確かな手応えが感じられ、非認知能力を含めた資質・能力を育めたのではと感じています。チームをつくって対戦するので、どうやったら勝てるのかという戦略・戦術を考える中でコミュニケーションが生まれたり、他者の個性を尊重し協力する姿が見られたり。また、チーム編成のときには男女混合チームが自然発生しましたし、とくに2回目は性別だけではなく、年齢、国籍、学籍、立場など、あらゆる垣根を越えた交流が生まれました。これはeスポーツならではの成果だと思います」

「非認知能力が上がれば認知能力も上がる」

文部科学省の「平成 25 年度 全国学力・学習状況調査報告書 クロス集計」でも「学習意欲が高い児童生徒のほうが、教科の平均正答率が高い傾向が見られた」など、近年、非認知能力と認知能力の相関性を示す研究が報告されているが、山本氏も次のように話す。

「大阪市の学力は府下でも決して高いとはいえず、本校はその中でもこれまで結果を出すことができていなかったようです。私が赴任した2016年ごろは、数学だと大阪市の平均より12ポイントくらい低かった。しかし、今は全国学力・学習状況調査やチャレンジテストなどの結果を見ると、教科によっては大阪市の平均を超え、大阪府の平均にも迫る勢いです。非認知能力が上がれば認知能力も上がることを実感しています」

さまざまな教育改革を行っているのでどれが効いているのかはわからないというが、eスポーツを通じたプロジェクト型学習も非認知能力の育成に貢献しているのは間違いなさそうだ。

とはいえ、そんな新巽中でも、ゲームの問題がまったくないわけではない。21年度には生徒2人が、GIGA端末でできるシンプルなゲームにはまってしまった。休み時間はもとより、授業中でもプリントをやり終えた後など、隙さえあればすぐゲームを始めてしまう。テクノロジーは奪うものではなく人生を豊かにするものだという考え方を基盤にしている中、どう対応したのか。山本氏はこう話す。

「ゲームが依存しやすいものだという点は理解していないといけませんし、そこは保護者とも共有しています。そのため、端末を取り上げることはせず、粘り強く関わって行動変容につなげました。『今の行動をどう思う?』『やりたいことと、やらなければいけないことを整理しようか』と丁寧なリフレクションに努め、私の言葉が届かないときはその子と相性のいい先生に接触してもらいました。これは全教員が全生徒を見守るという学校の方針と仕組みがあるからこそできる関わりかもしれませんね。最終的には2人とも自己決定により、ゲーム依存から脱することができました」

フィルタリングやアプリの制限などがあるGIGA端末でどこまでできるかは課題だが、22年度は1年生の活動において、さまざまな計画を立てているという。「マインクラフト」を使用したオランダの学校との交流や、新池中を含め最近eスポーツの取り組みに前向きな大阪府の大東市・東大阪市・豊中市の中学校をつなぐ活動、「生野コリアンタウンまつり2022」でのeスポーツ大会開催など、構想は盛りだくさんだ。新巽中の生徒たちがどんな成長を遂げていくのか、今後も目が離せない。

(文:田中弘美、写真:山本昌平氏提供)