中世、社会の底辺に位置づけられた、大工・左官・石工・庭師などモノづくりや芸能人の中には、「阿弥」と名乗る人がたくさんいた。阿弥とは“阿弥陀仏”のことだ。「私は仏だ」という誇示よりも、「互いの仏性(仏の慈愛心)を示し合おう」という、底辺民衆の協同活動だと理解している。相手の立場に立ってものを考える優しさと思いやりについては、孔子が“恕(じょ)”という言葉で示しており(『論語』「衛霊公第十五」の24)、阿弥の精神に通ずる。そのため誰もがその徳を認める人物は“聖(ひじり)”といって敬愛された。
この聖は現在(いま)もいる。それも身近にいる。仕事場近くに小さな中華料理店がある。年間1日とて“休肝日”を設けない私は、毎夕近くの店に出掛けていく。この店も巡回コースに入っている。シェフの作る麻婆豆腐がうまい。先日路上でこのシェフに会った。「仕込みかい?」と聞くと、いやと首を振る。「天下の形勢観望かね?」「いいえ」「何をしてるの?」「トイレです」「え?」「そこのトイレに行きました」。彼の指す「そこ」には公設トイレがある。私も時々利用する。「もう一歩前に」「このトイレは皆さんのものです。きれいに使いましょう」という注意書きが張ってある。私はこの戒めを守って、1歩でなく3歩前に出て、便器に抱きつく姿勢になる。
しかし。私は言った。「トイレは店にもあるだろ」。それに対しシェフの答え。「ええ。でも店のトイレはお客様のものですから」「!」。私は圧倒された。お客さんがトイレに入ろうとするときに、従業員が入っていたら申し訳ない、というのがこのシェフの考えなのだ。まさに阿弥の精神であり、恕の心の実践だ。
ちょうど、地元、東京都目黒区の名刺交換会があったので、名誉区民としてのあいさつでこの話をした。そして孔子の恕と結び付けた。かなり受けた。13人いる外国大使の中の3人ほどが私の席に来て、「あの話はよかった」と褒めてくれた。そして「この区になぜ大使館を置いているのか」という私の問いに、治安がいいこと、先ほどの話のような温かい住民が大勢いること、とその理由を答えてくれた。思わずその大使の手を握り、礼を言った。「アイ・アム・グラッド・ツウ・シー・ユー」と、胸の箱の中から突然ホコリだらけの横文字が飛び出した。大使は店の名と所在地を教えてほしいと言う。所在地は示せたが店の名は知らない。というのは、店主はすぐ脇でもう1店、「暇を売る店」という名のおしゃべりの店を開く映画プロデューサーだ。中華料理店のほうも、らしくない店名なので覚えられない。かつてレコード会社に勤めた奥さんの、鮮やかな2店切り盛りで好きな仕事に専念できている。
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